「では、世界の終わりの話からはじめようか。」
この一行が、すべてを予告している。N・K・ジェミシンの『第五の季節』は、語り始めた瞬間からすでに終わりの上に立っている。
舞台は〈スティルネス〉と呼ばれる超大陸。数百年ごとに〈第五の季節〉——文明を根こそぎ薙ぎ倒す天変地異——が到来するこの世界で、人々は滅びに備えながら生きている。そしてその世界には、地殻を操るオロジェニーの能力を持つ〈オロジェン〉、あるいは蔑称で〈ロガ〉と呼ばれる人々がいる。彼らは社会を守る力を持ちながら、その力ゆえに忌み嫌われ、〈フルクラム〉という組織に管理され、生殺与奪を国家に握られている[1]。
物語は三人の女性を軸に進む。行方不明の娘を探す母エッスン、フルクラムに所属し任務をこなすサイアナイト、そして能力者と発覚し守護者に引き渡されたばかりの少女ダマヤ。三つの糸は並行して紡がれ、やがて予想外のかたちで交差する[1]。このミステリ的な構造自体が、本作の大きな仕掛けのひとつだ。
読み始めて最初に戸惑うのは、叙述の「人称」だろう。一部の語りが「あなた」という二人称で進む。これは単なる実験的な文体ではない。物語が進むにつれ、この選択がなぜなされたのかが少しずつ意味を帯びてくる。語り手はいったい誰で、「あなた」は誰に向けて呼びかけているのか——その問いが読後に残る。
登場人物の名前には鉱石や岩石の名が与えられている。サイアナイト(閃長石)、アラバスター(雪花石膏)、グリット(粗粒砂岩)。この命名規則は著者の意匠であり、地球と人間の関係を暗示する重層的なモチーフとして機能している[2]。世界の終わりをテーマにしながら、作品の根底には地質学的な時間感覚が流れている。文明は繰り返し滅び、また再生する——その周期の中で虐げられ続けてきた者たちの物語として、本作は読める。
差別と抑圧の描写は、SFという形式を借りながらも鋭くリアルだ。作者N・K・ジェミシンはアメリカ黒人女性であり、本書の献辞には虐げられた人々への言葉が刻まれている[3]。オロジェンたちの置かれた状況——社会に必要とされながら恐れられ、管理される——は、読者が生きる現実世界の構造と鮮明に共鳴する。
序盤はとっつきにくい。世界観の説明が少なく、用語は唐突に現れ、時制も視点も入り混じる。しかし読み進めるうちに、この密度こそが世界構築の確かさの証だと気づく。600ページを超える長編だが、中盤以降は加速度的に引き込まれ、気づけば残ページを惜しんでいる[2]。
三部作の第一作であり、本書で明かされる謎は氷山の一角にすぎない。〈石喰い〉とは何者か、オベリスクの意味は、この世界の「地球」は何を記憶しているのか——問いは積み重なるが、積み残しの重さが苦痛にならないのは、一冊として完結した感情的な着地点があるからだ。
本作は2016年にヒューゴー賞長編部門を受賞し、続く二作も連続受賞という前人未踏の快挙を成し遂げた[3]。受賞した最初の黒人作家としても歴史に名を刻んでいる。「全く新しい破滅SF」という東京創元社の惹句は、誇張ではない。世界の終わりを語ることで、世界がいかに構造的に壊れているかを問い直す——それがこの三部作の試みだ。
参考文献
[1] 東京創元社. “第五の季節”. 東京創元社. http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488784010, (2026-04-01).
[2] Wikipedia. “第五の季節”. Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%94%E3%81%AE%E5%AD%A3%E7%AF%80, (2026-04-01).
[3] VG+. “N・K・ジェミシン『第五の季節』書評”. VG+. 2021-06-05. https://virtualgorillaplus.com/nobel/the-fifth-season-review/, (2026-04-01).
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