yukisskk

ヴィランが二人いれば、どちらが正しいか問う必要はない——ヴィシャス

「人間の多くは怪物的であり、多くの怪物は人間のふりをすることを知っている」

この一文が本書のすべてを要約している。V・E・シュワブの『ヴィシャス』には、ヒーローがいない。いるのは二人のヴィランだ——そして読み終えたあと、あなたはどちらかに肩入れしている自分に気づく。

舞台はロックランド大学。ヴィクター・ヴェイルとイーライ・カーデイルは大学の同室として出会い、互いの中に同じ鋭さと野心を見出した。優秀で孤独な二人が卒業論文として選んだテーマは、近死体験が超人的能力を生む可能性——〈エクストラオーディナリー〉、略してEOと呼ばれる存在の研究だった[1]。学術的な探求はやがて自己実験へ向かい、そこで取り返しのつかない何かが壊れる。

10年後。ヴィクターは刑務所を脱獄し、イーライへの復讐を誓う。イーライは改名し、世界中のEOを次々と抹殺しながら「神の敵を粛清する使命」に邁進している[1]。二人はそれぞれの仲間を連れ、再び同じ都市で衝突する。

本作のもっとも鮮やかな仕掛けは、時制の操り方にある。物語は「10年前」と「現在」を交互に行き来しながら、二人の関係がいかに歪んでいったかを少しずつ明かしていく[2]。読者は最初から「ヴィクターが脱獄した」という事実を知った状態で、その過去を遡っていく——これがミステリの逆算的快楽に近い緊張感を生む。何がそこまで彼らを追い詰めたのか、という問いが推進力になる。

ヴィクターとイーライはともに天才で、ともに傲慢で、ともに他者を道具として扱う。しかし読んでいるうちに、どちらかに引き寄せられていく。その非対称さがシュワブの巧さで、本書はヒーロー小説でもヴィラン賛美でもなく、「道徳的判断の保留」を読者に強いる小説として機能している[3]。どちらが正しいか問わない——ただし、どちらが自分に近いかは問われる。

脇を固めるキャラクターも秀逸だ。ヴィクターの仲間になる巨漢の受刑者ミッチ、そして死者を蘇らせる能力を持つ少女シドニー。彼女の存在がこの殺伐とした話にかすかな体温を与えている。イーライ側に立つ説得の能力を持つセリーナとの対比も効いていて、「能力の発生原理」の設定——死に際して頭の中に浮かべたものが、そのまま超能力の形を決める——が登場人物の内面と綺麗に結びついている[1][2]。

コミックブック的な語り口と、哲学的な主題の配合が絶妙に計算されている。ページ数は多くなく読みやすいが、「なぜ人は怪物になるのか」「信仰と狂気はどこで分岐するのか」といった問いが、エンタメの皮の下にきちんと埋め込まれている[3]。Publishers Weeklyは星付きレビューでこれを「まれに見るスーパーヒーロー小説」と評した[3]。

続編『ヴェンジフル』(Vengeful)、コミックシリーズ『エクストラオーディナリー』(ExtraOrdinary)と展開するヴィランズ三部作の第一作。本作単体で十分完結しているが、世界観の広がりを知ったあとでは続きを求めずにはいられない。

なお、本書は現時点で日本語訳が刊行されていない。


参考文献

[1] Wikipedia. “Vicious (novel)”. Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Vicious_(novel), (2026-04-02).

[2] Goodreads. “Vicious by V.E. Schwab”. Goodreads. https://www.goodreads.com/book/show/40874032-vicious, (2026-04-02).

[3] SuperSummary. “Vicious Summary and Study Guide”. SuperSummary. https://www.supersummary.com/vicious/summary/, (2026-04-02).



前の投稿
終わりから始まる物語——第五の季節


コメント