ウィリアム・ギブスンの《橋》三部作第1作『ヴァーチャル・ライト』は、大震災後のサンフランシスコを舞台にしたSFだ。封鎖され、行政の管理を離れたゴールデン・ゲート橋には、いつしか人々が住み着き、巨大なスラム街が形成されている。橋の上には店や住居が並び、独自の文化と秩序を持つコミュニティが育っていた。本作は、その異様で生々しい橋の空間を物語の中心に据えている。
主人公のひとりシェヴェットは、橋で暮らす自転車メッセンジャーの少女だ。ある夜、酔った男から「VL(ヴァーチャル・ライト)」と呼ばれる謎のデバイスを奪ってしまう。VLは視神経に直接作用する高度な情報機器で、それを巡って巨大な利害関係が動いていた。シェヴェットは一気に追われる立場となり、物語は動き出す。
もうひとりの主人公は、元警備員のベリー・ライデル。最初はシェヴェットを追う側として登場するが、事件に巻き込まれるうちに、その立場も少しずつ変化していく。
《スプロール》三部作が電脳空間の幻覚的な世界を描いた作品だとすれば、《橋》はもっと現実の都市に近い感触を持つ。ギブスン自身が「現在に最も近い場所から書いた小説」と語っているように、本作には未来都市というより、ロサンゼルスやサンフランシスコの路地裏を歩くような空気がある。
そのため、本書はしばしば「スローテンポ」と評される。だが、それは物語の勢いが弱いからではない。ギブスンがSFガジェットよりも、人々の生活感や都市の肌ざわりを丁寧に描こうとした結果だ。特に印象的なのが、橋のスラムの描写。行政の目が届かない場所に人が集まり、商売が生まれ、文化が育っていく。その空間は無秩序にも見えるが、内部には独自のルールと均衡が存在している。そこには、現実のサンフランシスコが抱える貧困問題やホームレスコミュニティへの視線も色濃く反映されており、単なる背景ではなく、批評性を持った舞台装置として機能している。
日本人キャラクターの山崎も印象深い存在だ。彼は「トマソン」——用途を失いながら街に残された構造物を観察・記録する活動——に強い関心を持っている。本筋から少し距離を置いた立場にいながら、「見えているのに見えていないもの」という本作のテーマを象徴する役割を果たしている。
原著は1993年刊行。2026年4月にはハヤカワ文庫SF版の新版が刊行され、第二弾のあいどる〔新版〕(ハヤカワ文庫SF)は2026年6月刊行予定。《橋》三部作をそろえて読みやすくなる。
電脳空間のサイバーパンクよりも、都市そのものの空気や、人が寄り集まって生まれる「場」の感触にひかれるなら、『ニューロマンサー』より先に本書から読むのもおすすめ。
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