本書は、単行本『生まれ変わり』を二分冊化したハヤカワ文庫SF版の第2巻で、全8篇を収録している。前巻『生まれ変わり(文庫版)』に比べると、SF色はやや控えめで、中国史や歴史幻想、そしてデジタル社会への視点が強く打ち出されている。ケン・リュウの短篇集の中でも、ひときわ独特な色合いを持つ一冊だ。
表題作「神々は繋がれてはいない」の主人公は、父を亡くし、転校先でいじめを受ける少女マディー。ある日、彼女のノートパソコンに絵文字だけで構成された謎のチャットが届く。相手は何者なのか。絵文字だけを使って交流する存在との出会いが、マディーの孤独を少しずつほぐしていく。テクノロジーと孤独、そして人と人とのつながりというテーマを、少女の等身大の感情を通して描いた秀作である。
本篇は「神々は殺されはしない」「神々は犬死にはしない」へと続く三部作の第1篇でもある。デジタル空間に存在する神々というアイデアが、三篇を通じて多面的に展開される。読者から「サマーウォーズのような高揚感と切なさがある」と評されることもあり、その印象は的を射ている。
「隠娘」は、本書でも特に評価の高い作品のひとつだ。謎めいた尼僧に見出された唐代の将軍の娘が、殺し屋として生きる運命を背負う歴史幻想譚である。武侠小説の魅力をまといながら、使命と自由意志という普遍的なテーマを鮮やかに描き出す。過去作「カルタゴの薔薇」に登場した人物だが、本篇では完全に独立した主人公として輝いており、ケン・リュウの歴史作家としての力量が最もよく表れた一篇といえる。
「ビザンチン・エンパシー」は、他者の痛みをリアルタイムで共有できる共感テクノロジーが普及した未来社会を舞台にしている。難民支援への活用を試みる人物を通して、「他者の苦しみを体験することが本当の連帯につながるのか、それとも苦痛の消費に過ぎないのか」という主題を投げかける。SNSによって感情が流通する現代社会への批評として、収録作の中でも特に今日的な作品だ。
「闇に響くこだま」は、盲目の中国人老人と西洋人音楽家の交流を描く物語である。SF的要素はほとんどなく、抑制された筆致による感情表現が印象的だ。読後には、純文学的な短篇を読んだような余韻が残る。また、「ゴースト・デイズ」では、近未来社会を背景に、家族の記憶やデジタル遺産の問題が描かれている。
収録された8篇を貫く共通テーマを挙げるなら、それは「つながること」と「自由であること」の間にある緊張関係だろう。神々も、少女も、将軍の娘も、誰かとのつながりを求めながら、その一方で何かに縛られることを拒む。その相反する感情がタイトルの「神々は繋がれてはいない」に凝縮されている。だからこそ本書は、SF短篇集であると同時に、人間の自由とつながりについて考えさせる作品集として強く印象に残るのである。
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