タイトルは聖書の一節からきている。マタイ伝第七章第三節——「なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか」。この引用が上巻の扉に置かれていることで、物語の核心が暗示されている。
西暦3017年。人類帝国は銀河系の隅々に版図を広げ、内部では反乱が絶えない。そんな折、帝国宇宙海軍の巡洋戦艦〈マッカーサー〉号の前に正体不明の光子帆船が現れる。35光年離れた未知の恒星系から百年かけて旅してきたその船には、人類が初めて遭遇する知的生命体——のちにモート人と呼ばれる異星人が乗っていた。
モート人の外見は奇妙だ。左右非対称な体、右側に二本ある細い腕と左側の一本の太い腕、頸のない頭部。この形態は進化の産物であり、身体の各部位が異なる機能に特化している。上巻では彼らとの接触が始まり、言語の壁を超えてコミュニケーションが深まっていく過程が丁寧に描かれる。場の空気が楽観的になるにつれ、不穏な予感が、ふと頭をもたげる——彼らは本当に友好的なのか……
本書の構造的な魅力は、「敵か味方か」という謎を内包したまま物語の推進力として使い続ける点にある。一般的なファーストコンタクトSFは早い段階でその答えを出す。本書は出さない。代わりに、科学者・軍人・政治家・聖職者それぞれの判断基準が衝突する人類側の議論を丁寧に積み上げながら、モート人の「秘密」をじっくりと明かしていく。
その秘密は、モート人の生殖メカニズムに結びついている。詳細は明かさないが、それは人類とモート人の関係のありかたに深く関わる。たとえ侵略の意志がなくとも、ある生物学的特性を持つ種が宇宙に拡散することは、人類にとって脅威となりうるのか。この疑問に対して、著者たちは安易な結論を与えない。対立する立場を拮抗させたまま、物語を進めていく。その禁欲的な姿勢が、半世紀を経た今も本書を風化させない。
原著1974年、邦訳1978年。長らく品切れ状態が続き、古書市場でプレミア価格がついていたこの作品が、2025年9月に創元SF文庫新版として復刊した。ロバート・A・ハインラインが「おそらくわたしがこれまでに読んだ最高のサイエンス・フィクション」と激賞し、ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞のファイナリストに選ばれた作品が、手に取りやすい形で戻ってきてくれるのは嬉しい限り。
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