「砂漠に上る太陽の匂いを覚えている」という一文から物語は始まる。その書き出しの色合いが、本書の性格——ハードSFの骨格を持ちながら、詩的な温度で人間を書く——をよく示している
舞台は宇宙連邦創成期。十五兆標準太陽質量という桁外れのスケールを持つ超巨大ブラックホール〈ダーク・エイジ〉が、実は高度な文明の人工物らしいと判明し、その事象の地平面に探査基地〈ホライズン・スケープ〉が建設された。主人公は二人。ヒルギス人の少女シンイーは、脳梁を切断することで右脳に「狩猟の神」を宿す風習を持つ種族の狙撃手だ。パメラ人の少年イオは、脳が左右ではなく前後に分離しており、空間ではなく時間を見通す知覚を備えている。この二人がバディを組んで、別の宇宙へと続くという「門」の探索に従事する。
本書の構造の精巧さは、SF的な設定それぞれが相互に噛み合っている点にある。ブラックホール近傍では重力による時間の遅延(ウラシマ効果)が著しく、イオが事象の地平面へ潜航する二十分のあいだ、見守るシンイーのもとでは六年が経過する。一回の遠征が終われば三十年が過ぎている。イオは少年のまま、シンイーだけが老いていく。この時間のずれがラブロマンス的な緊張の燃料として機能すると同時に、二人それぞれの種族的背景——ヒルギス人とパメラ人が人類宇宙史において担わされてきた役割の陰——と絡み合いながら物語の厚みを作っていく。
「ブラックホール相補性」という量子力学的な概念も物語の核に据えられており、事象の地平面を越えようとする者は外から見ると停止した時間に凍りつく一方、自身は放射を感じることなく特異点へ向かう、という生死が同時成立するような奇妙な現象が、終盤の展開と鋭く結びつく。人間の精神とブラックホールをつなぐこの大仕掛けは、評者の言葉を借りれば小松左京「ゴルディアスの結び目」以来の規模だ。
200ページ足らずという短さの中に、独自の宇宙史、複数の異種族の文化と身体的差異、相対論的時間のずれ、量子論的概念、そして二人の関係が収まっている。詰め込みすぎになりかねない密度が散漫にならずに機能しているのは、シンイーとイオという二人のキャラクターの輪郭がくっきりとしているからであろう。
「ものすごくわかりやすくてとっつきやすいグレッグ・イーガン」という読者の評があるが、言い得て妙だと思う。ハードSFの論理的な快楽を、感情的な余韻とともに届けるデビュー作として、矢野アロウという名前は記憶しておきたい。
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