父親と天文台を訪れ、夜空に恋をした少年の話として、物語は始まる。
鮎沢望は高校の天文部で千塚新と出会い、大学で八代縁を得て、三人で夢を共有するようになる。太陽系規模の超長基線電波干渉計(VLBI)ネットワーク、すなわち太陽系全体を一枚の巨大な電波望遠鏡として機能させる計画だ。スケールは壮大でも、ここまではまだ「若者たちの夢」の話に見える。物語が本当の顔を見せるのは、その先からだ。
三人が寿命を迎えようとするころ、精神アップロード技術が実用化する。人格と記憶を仮想環境に移行することで、肉体の死後も「存在」を継続できる。この設定の投入によって、物語は人間スケールの限界から解き放たれる。アップローダーとなった望たちは、VLBIを完成させ、やがて別の恒星系からの信号を受信することに成功する。こうして始まるのが、一億年にわたる銀河探査の旅だ。
本作の構造は三層になっている。メインエピソードのほかに、遠未来の物語として一組の母と子が「大始祖」の伝説を検証すべく銀河を横断する旅が描かれ、さらに遠過去の物語として、何千億もの星を飛行しながら知的生命体の運命を観察する〈飛行体〉の視点が差し挟まれる。この三つの時間軸が、物語の終盤で一本の線として収束していく。その構造的な美しさは、本作のハードSFとしての完成度を支える大きな柱だ。
春暮康一が際立つのは、異星文明の造形にある。本作に登場する地球外知性体たちは、それぞれ独自の進化的背景と社会構造を持ち、「異質さ」が単なる奇抜な外見にとどまらず、認知の仕方や価値観の次元にまで及ぶ。生命工学の修士課程で学んだ著者の生物学的な洞察が、その説得力を底から支えている。文明同士が出会い対話することで滅亡の袋小路を回避できるという本作の世界観は、三体的な暗黒森林論とは真逆の、銀河的な希望の提示だ。
タイトルに込められた「一億年のテレスコープ」という言葉の意味は、読み進めるうちに重層的に広がっていく。望遠鏡は空間的に遠くを見る道具であるとともに、時間的に遠くを見る装置でもある。宇宙の果てを見ることは宇宙の過去を見ることと同義であり、その延長線上で、望たちは時間と空間を文字どおり一億年分まで引き伸ばした「望遠鏡」になっていく。
小松左京のスケール感と光瀬龍の宇宙の寂寞感を現代の語り口で書き直したような一冊だという感想を、複数の読者が述べている。それは誇張ではないと思う。SF読者がこの著者に向ける期待の高さを本作は正確に受け取り、確かに応えている。第45回日本SF大賞候補作。
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