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【読書ログ】ヒトラーの描いた薔薇【不条理を前に、人はなにを描くか】

ハーラン・エリスンという名前を知ったのは、「世界の中心で愛を叫んだけもの」という短編集のタイトルを通じてだった。あの耳に残るタイトルの生みの親であり、アメリカSF界が生んだもっとも気性の激しい鬼才のひとりだ。1934年生まれのエリスンは、SF小説だけでなく、テレビドラマの脚本家としても名をはせ、亡くなった2018年まで生涯書き続けた。本書『ヒトラーの描いた薔薇』は、1957年から1988年にかけて書かれた13篇を収めた日本オリジナル短編集で、邦訳三冊目にあたる。

本書を読んで真っ先に感じるのは、エリスンの文章が持つ異様な引力だ。理屈ではない。論理的に展開するわけでも、伏線を丁寧に回収するわけでもない。ただ、最初の一段落で読者をどこかわけのわからない場所に引きずり込んでしまう。地獄の扉が開き、切り裂きジャックやカリギュラといった史上最悪の殺人者たちが脱走を始めるという表題作の出だしは、まさにその典型だ。一読したら忘れられない。

13篇の作風はかなりばらばらで、SFと呼ぶにはためらわれる作品も多い。人種差別に正面から向き合った「恐怖の夜」はほとんど普通小説だし、「冷たい友達」は乾いたユーモアとともに後味の悪い結末を突きつけてくる。地下に広がる迷宮都市を描いた「クロウトウン」は、世界観の構築力と神話的な迫力が合わさって圧倒的だ。

この多様さに最初は戸惑うかもしれないが、読み進めるうちに、作風の違いを超えてどの作品にも共通するものが見えてくる。それは、理不尽に対する怒りだ。神が誤謬を犯し、無実の者が地獄に落とされ、それでも誰も声を上げない。ベトナムから帰還した兵士が「人殺し」と呼ばれ、病んでいく。機械化によって仕事と誇りを奪われた人間が路頭に迷う。エリスンはその怒りを、言葉の密度で殴りかかってくるような文体で書く。読んでいると、どこかで自分も怒っていたことを思い出させられる。

表題作「ヒトラーの描いた薔薇」は、その怒りがもっとも鋭く、そして逆説的な形で結晶した一篇だと思う。罪を犯したはずの者が天国へ向かい、無実の者が地獄へ落ちる。この絶対的な不条理を前にして、地獄に落ちた者はなにをするか。憎しみをぶつけるのでも、神を呪うのでもない。ヒトラーは地獄の門に、ひたすら薔薇を描き続ける。この結末の奇妙な静けさが、読後もずっと頭から離れない。不条理を前にしたとき、人は怒りではなく美を選ぶことができるのだろうか、とぼんやり考えてしまう。

万人に勧められる作家ではない。すっきりした話や気持ちのいい結末を求めている人には向かない。それでも、文学としての密度と、時代を超えて刺さってくる怒りの純度において、エリスンはやはり本物だと思う。短編集として読む順番を決めず、気分で開いてみるのもいいかもしれない。どこを開いても、そこには何かが待ち構えている。



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