未来から届いたメールには、こう書かれていた。
『わたしとあなたが恋をしないと、世界は終わる』
この一文だけで、本作の魅力はかなり伝わる。大学4年生の主人公は、卒業単位ほしさにとある研究室を訪れる。そこで出会ったのが、17歳にして教授の肩書きを持つ天才少女・三澄翠。彼女が研究していたのは、パチンコ店跡地の地下に設置された「リングレーザー通信機」――未来と通信するための装置だった。
起動実験に立ち会った主人公は、思いがけず未来を観測してしまう。その結果、自分自身と世界の存在が量子的に不安定になる。事態を解決する方法は、未来から届いたメールに書かれていた条件を満たすこと。つまり、三澄翠と恋をすることだった。
あらすじだけ見ると、タイムパラドックスを扱ったSFラブコメのように見える。実際、物語の入り口はかなり軽快だ。ただ、本作が印象に残るのは、その設定のおもしろさだけではない。物語そのものがとても丁寧につくられている。
ヒロインの三澄翠は、「不機嫌な天才美少女」という一見ありがちな属性を持ちながら、その態度にはきちんと理由がある。主人公も、筋の通らないことを嫌う性格がしっかり描かれていて、単なる受け身の存在ではない。反発しながら少しずつ距離を縮めていくふたりの関係は王道ではあるものの、キャラクターの輪郭がはっきりしているぶん、素直に引き込まれる。
著者の緒乃ワサビは、ノベルゲーム『白昼夢の青写真』で企画・原作・シナリオを担当した人物で、本作が小説デビュー作となる。『白昼夢の青写真』は、複数の物語が重なりながらひとつの大きな物語へ収束していく構成で知られているが、その強みは本作にも表れている。伏線の置き方や回収がうまく、物語全体が整理されていて読みやすい。
登場人物が比較的少ないぶん、それぞれの感情や動機の変化も丁寧に描かれている。SF設定は前面に出すぎず、あくまでキャラクターの感情を動かすための装置として機能している点も好印象だ。
352ページと聞くと少し長く感じるかもしれないが、章ごとの区切りがわかりやすく、テンポもいい。読者を置いていかない語り口には、ゲームシナリオで培われた技術が生きているように感じた。
「世界を揺るがす青春小説」という大きな売り文句がついているが、読後感は意外なほど爽やかだ。きれいに着地するので、読み終えたあとの満足感も高い。
SFの知識がなくても楽しめる作品だが、量子観測や重力場といった言葉にわくわくできる読者なら、より楽しめるはず。続編『記憶の鍵盤』も刊行されているので、三澄翠というキャラクターをもっと見たい人には、そちらもおすすめしたい。
コメントはまだありません。