yukisskk

少女小説とSFは、ずっと隣り合っていた——少女小説とSF

少女小説とSFは、もともと遠いジャンルではなかった。たとえば新井素子は、1978年にSF新人賞で佳作入選し、作家としてデビューしている。さらに1980〜90年代のコバルト文庫では、SF、ファンタジー、ロマンスが自然に混ざり合った作品が数多く生まれた。本書の企画は、そうした歴史をふまえて立ち上がっている。

本書は日本SF作家クラブの企画から生まれた、少女小説作家9人による書き下ろしアンソロジーだ。編者は少女小説研究で知られる嵯峨景子。参加作家には、コバルト文庫、角川スニーカー文庫、X文庫、ティーンズハート、角川ビーンズ文庫など、女性向けライトノベルを支えてきた各レーベルの代表的な書き手がそろっている。

収録された9篇は、アンソロジーとしてかなり幅広い。巻頭を飾る新井素子の「この日、あたしは」は、パーソナルAIとの共生が当たり前になった近未来を舞台に、地震で母を失った少女の願いを描く作品だ。独特の一人称で語られる新井素子らしい文体は、40年以上たった今も変わらない。

皆川ゆか「ぼくの好きな貌」は、人面犬に妹を殺された姉と、人面瘡に侵される身体を描く異色作で、ホラーとSFの境界を軽やかに越えていく。ひかわ玲子「わたしと『わたし』」は、双子で生まれるのが当たり前の惑星で、ひとりで生まれた少女の運命を描く異星SF。雪乃紗衣「一つ星」は、氷とオーロラの世界を舞台にしたガール・ミーツ・ボーイで、物語の仕掛けが巧みだ。

とくに読者から高く評価されているのが、紅玉いづき「とりかえばやのかぐや姫」と、辻村七子「或る恋人達の話」である。前者は、竹から生まれた美しい男と帝となった少女を軸に、竹取物語をファーストコンタクトものとして読み直した幻想譚。少女小説の王道である異類婚姻譚の魅力が詰まっている。後者は革命後のフランスを舞台に、全身機械化手術が普及した社会を描く。〈ナポレオン法典EX〉という設定を通して、同性カップルの愛を阻む制度を描き、SF的な批評性と少女小説らしい関係性のドラマを両立させている。

巻末に収録された嵯峨景子のコラム「少女小説とSFの交点」も、本書の大きな魅力だ。コバルト文庫以降、少女小説がSFとどう交わり、どんな作品を生み出してきたのかを整理しており、各作品の背景を理解する助けになる。

この企画のきっかけは2023年、日本SF作家クラブ第21代会長から嵯峨景子へのオファーだった。版元候補として浮上したのは、嵯峨が『少女小説を知るための100冊』を刊行した星海社。そうした縁の積み重ねが、このアンソロジーの誠実さにつながっている。

本書が示しているのは、SFと少女小説は別々に発展したジャンルではない、ということだ。もともと同じ土壌から伸びた二本の枝だった。そのことを、9篇それぞれの豊かな個性がしっかり証明している。



前の投稿
現実の縁が溶け出すとき、飛浩隆の言語は世界を塗り替える——鹽津城


コメント