タイトルは「しおつき」と読む。常用漢字表にない「鹽」の字を表紙に据える時点で、すでに飛浩隆らしい。読めない文字、変換しにくい文字。その違和感から、本書は始まっている。
2024年11月に刊行された本書は、『自生の夢』(2016年)以来、8年ぶりの作品集である。2018年から2022年にかけて発表された6篇を収録しており、掲載誌は早川書房のSF媒体ではなく、『群像』『文藝』『たべるのがおそい』など、いずれも純文学寄りの場だった。この掲載先の顔ぶれが、そのまま本書の性格を物語っている。SF的な設定を前面に出した作品はむしろ少なく、幻想文学として読んだほうがしっくりくる篇も多い。
巻頭作「未の木」は、遠距離で別居している夫婦が、結婚記念日に互いへ鉢植えの木を贈り合う物語だ。その木には「贈り主にそっくりな花」が咲く。妻のもとに届いた、夫を模した小さな花への反応は、不気味さを帯びながらも、愛情のひとつの変形として確かに成立している。この作品が冒頭に置かれていることで、本書全体を貫く感覚——親密さと異質さが隣り合う不穏なぬくもり——が、読者に早い段階で示される。
「ジュヴナイル」は、言葉によって世界を紡ぎ出せる少年を描いた作品で、『自生の夢』収録作「自生の夢」とゆるやかにつながっている。「鎭子」は「海の指」の世界観を引き継ぎ、〈うみの指〉と呼ばれる存在に侵食される世界と、語り手の現実が交差していく。既読の読者には再訪のよろこびがあり、未読の読者にも独立した作品として読める、開かれた構造になっている。
表題作「鹽津城」は、本書でもっとも長い約90ページの中篇だ。〈しお〉と呼ばれる謎の現象が世界を覆いつつある三つの時代——現代、近未来、遠未来——を舞台にしている。近未来では男性も妊娠する社会が描かれ、それぞれの時代は細部まで緻密に作り込まれている。三つの物語はゆるやかに反響し合いながら進み、その底には日本の国生み神話を思わせる構造が流れている。「地球にとつじょ悪魔が現れ、不浄な世界は白く覆われんとしたとき、女、鮫を踏みてこの地に渡りきたりき」という帯文は、その輪郭を端的に示している。
装丁にも仕掛けがある。一見すると簡素で地味にも見えるカバーデザインが、表題作を読み終えたあとにはまったく違う意味を帯びて見えてくる。紙の本で読む価値のひとつは、まさにそこにある。
刊行前、著者はXで「わたしの近刊『鹽津城』はじぶんでもはっきりわかるほどキモいです。たぶん過去最高に」と投稿していた。この言葉は自己評価であると同時に、読者への率直な案内でもあったのだろう。飛浩隆の文章には、脳幹に直接触れられるような感覚がある。その読書体験を「キモい」と呼ぶなら、たしかにこれ以上ないほど正確な表現かもしれない。ベストSF2025国内篇第1位も納得の一冊である。
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