主人公の宮原は翻訳家。姉に頼まれて仏眼荘というアパートに滞在することになる。ところが「商店街には近づかないように」という忠告を破り、書店を探して歩くうちに景色はゆがみ、異界の町へ迷い込んでしまう。
そこで宮原を救ったのは、アリアドネの伊藤と名乗る人物だった。しかし姉は異界の町の御神体にされかけているという。姉を取り戻すためには、近づく掌紋祭の「踊り合い」を通じて異界へ踏み込まなければならない。こうして宮原は町のダンス教室で特訓を始める。
本書の大きな特徴は、「踊る」という行為が物語の中心に置かれていることだ。これまでの酉島作品では、読者も主人公も圧倒的な異形世界に飲み込まれていく受動性が魅力の一つだった。しかし本作では、主人公自身が踊ることで異界へ近づこうとする。
酉島伝法は1970年大阪府生まれ。2011年に「皆勤の徒」で創元SF短編賞を受賞し、同名短編集で日本SF大賞を受賞した。さらに2020年には長編『宿借りの星』で再び日本SF大賞を受賞している。酉島作品のなかでは「もっとも読みやすい」本作は、入門編として手に取りやすい一方で、作品の奥には酉島らしい異形の濃密さがしっかり息づいている。
特に三話目「野辺浜の送り火」後半は、多くの読者から高く評価されている。異界の深みへと引き込まれていく過程で、酉島特有の造語や異形描写が最も鮮烈に映る場面だ。また、紋祭で繰り返される踊りのリズムも印象的で、読み進めるうちに耳に残り続ける。
読者の中には、今敏の『パプリカ』を連想するという声もある。夢と現実の境界が溶け合う感覚や、主人公が異界へ引き込まれていく速度感、そして異界の論理が独自の整合性を保ちながら展開する点には確かに共通するものがある。ただし、酉島の世界はより言語的で、造語と変容するイメージの密度によって独自の魅力を生み出している。
装画と各篇の扉絵を手がけるのはカシワイ。表紙は表と裏がつながる構図になっており、作中に登場する三つの舞台を一望できる仕掛けだ。作品世界をより深く味わうなら、ぜひ紙の本で手に取ってみてはどうだろうか。
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