椎名誠のSF世界には、いつも三種類の存在が入り乱れている。人間、機械人間系、そのほかの生物。本書でもその構造は変わらない。5年ぶりのSF連作短編集の中で、彼らは終末戦争後の荒廃した星々を渡り歩き、理想の国を夢見たり、傭兵として暗躍したり、廃棄された監視塔で誰かを待ったりする。
巻頭の「逢海人のテーブルダンス」は僻地紀行のふんいきで、椎名SFが初めての読者へのオリエンテーションにもなっている。NR(ノウ・リアル)と呼ばれる、現実感を疑いがちな人間的存在、飢えた赤犬、小さな人間「逢海人」——これらが織り成すコミュニケーションが、笑いと叙情と鳥瞰的なメタ認知をもたらす。椎名誠が長年かけて育ててきた生態系の論理が、20ページ足らずの中に凝縮されている。
表題作「ガングリオ山脈の垂直壁」では、とある惑星の未開発地帯の権利を購入して理想の国を作ろうとした5人が、人間型巨大歩行工作機械・ゴリアテに乗り込む。タイトルから連想されるほど派手なアクションを期待すると少し肩透かしをくらうかもしれないが、ゴリアテの操縦席という密室に5人の異なる思惑が閉じ込められていく過程は、椎名SFらしい奇妙な緊張感を生む。
第2話「天竺屋奇譚」から第6話まで、「北政府の元傭兵・灰汁(あく)」が軸として登場する。灰汁は『武装島田倉庫』で初登場した古株のアンチヒーローで、本書では新たな相棒・機械人間のガギとの変則バディものとして展開する。第5話「ニンゲン証拠博物館」では三人称視点が一人称に重なるような語りの揺れが「人間率」というテーマと鋭く呼応する。「おれと旅をしている間にお前は知らず知らずのうちに相当あちこち人間化している筈なんだ」という灰汁のセリフが、本書全体の総決算ともいえよう。
人間中心の世界から、AIの計算機然としたのっぺりとした生態系へと現実が囲い込まれていく今日、椎名SFが半世紀にわたって一貫して持ち続けてきた「生態系への意志」という生命観は、それだけで希少な倫理だと思う。人間と機械とそのほかの生物が入り乱れながらも、誰かが誰かをかけがえなく思う瞬間が椎名SFには存在する。そしてその瞬間のために、読者はこの荒廃した世界を旅し続けるのかもしれない。
先行作品群とつながっているが、未読でも問題なく楽しめる。ただし読み終えてから『アド・バード』『武装島田倉庫』へ遡ると、椎名SFの宇宙の広さを改めて実感することができるだろう。
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