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沈みゆく世界で、船は今日も出航する——博士とマリア

24世紀。地球温暖化が進み、海面が大きく上がっている。大企業HA〈ヘブンリー・アンセム〉が用意した〈シティ〉では、富裕層だけが管理された快適な生活を送れる。それ以外の地域では文明が後退し、医療や教育を受けることもむずかしい。

そんな世界で、偏屈な博士とロボット助手マリア2は、古いクリニック船で海を移動する。船が立ち寄る先には、治療を求める人々が集まる。本書は、その航海ごとに一つの物語をえがく連作短編集だ。

語り手はマリア2。感情の起伏をおさえた、乾いた文体で語る。よけいな説明は少なく、観察と記録が積み重なる。その淡々とした語りが、かえって患者たちの事情の重さをはっきりと浮かび上がらせる。

それぞれの話には、さまざまな問題を抱えた患者が登場する。外見へのこだわりが強い人、搾取的な労働に置かれた人、社会の規範から外れた愛着を持つ人。博士は口が悪く、ひねくれている。マリア2は感情のような反応を見せるが、それを本当に感情と呼べるのか確信がない。かみ合わないようでいて補い合う二人が、解決とも救いとも言い切れない距離で人と向き合う。

本作はハヤカワ文庫での初作品で、SFマガジン連載がもとになっている。作者の辻村七子は、「物語全般に社会的な視点を持っていてほしいという願望がある」と語っている。その考えは作品全体にしっかり表れている。〈シティ〉の外で生きる人々の格差や貧困、医療の不平等は、遠い未来の話ではなく、今の延長として感じられる。

終盤では、博士とマリア2の関係がより深く描かれる。互いがいなくてはならないという言葉が、ふつうとは少しちがう重みを持つ。その核心は読んでのお楽しみだが、SFらしい仕掛けが二人の関係と重なる場面がある。

連作短編なので、一話ごとに区切って読める。そのリズムは、海を旅する感覚に近い。形式と内容がよく合った作品だ。



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