東京のどこかに、地下道の先から迷い込める不思議な街がある。昼の光が届かない地下迷宮街には、ろくでなしや怪しい者たちにまじり、陽の下で生きづらさを抱えた人々が自然と集まってくる。その一角で、魔女と噂される美しい女性・蓮華が営む雑貨店「幻想堂」がひっそりと店を開いている。棚に並ぶのは昭和の香りをまとったレトロな雑貨たち。どれも不思議な力を秘めた特別な品ばかりだ。
本書は全3話と短いエピローグからなる連作短編集である。物語の流れはシンプルで、悩みやわだかまりを抱えた人物が地下迷宮街へ迷い込み、幻想堂を訪れ、蓮華や不思議な雑貨と出会うことで少しずつ変化していく。仕事に行き詰まった人、人間関係に傷ついた人、過去から逃げ続けている人。それぞれの抱える問題は異なるが、どれも私たちの日常にありそうな現実味を持っている。
本書の大きな魅力は、やはり蓮華という存在だ。彼女は困っている人を優しく導く案内人ではない。ときに突き放すような言葉を口にしながらも、相手の本質を見抜き、必要なところだけにそっと手を差し伸べる。その絶妙な距離感が説教くささを感じさせず、心地よい読書体験を提供してくれる。
舞台となる地下迷宮街も印象的だ。おそらく大手町や東京駅周辺の地下空間を思わせる設定で、実際の東京地下街が持つ迷宮のような雰囲気と重なり合う。危険で怪しい場所でありながら、どこか懐かしい昭和レトロの空気が漂い、幻想的な魅力を放っている。「怖そうだけれど行ってみたい」と感じさせる世界観が、本書の没入感を支えている。
物語の終盤では、蓮華の正体や、彼女が地下迷宮街にいる理由がほのめかされる。しかし、その明かし方は説明的ではなく、多くを読者の想像に委ねている。だからこそ読後には、「なぜ彼女は迷い人を助けるのか」という謎が心の片隅に残る。
著者の蒼月海里は、元書店員という経歴を持ち、ライトノベルから一般文芸まで幅広く作品を発表してきた。本書はその作品群のなかでも入りやすく、著者の魅力を知る入口としておすすめできる一冊である。続編『鈴蘭の罠』へと続く物語でもあり、疲れたときにふと読み返したくなる、地下迷宮街ならではの温かさを持った作品だ。
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