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19世紀の極地探検小説として読み始めた読者を、どこへ連れていくのか——反転領域

本書の紹介は難しい。担当編集者自身が「あらすじ以上のことは何を書いてもネタバレになりかねない」と述べており、読んだ人間も口を揃えて「何も言えない」と繰り返す。ならばここでも、その性質を尊重した上で書く。

時は19世紀。外科医サイラス・コードが乗船するイギリスの小型帆船デメテル号は、ノルウェー沿岸のフィヨルドへ極地探検に向かっていた。目的地には古代に建造されたとおぼしき謎の大建築物が存在するという。さまざまな苦難を乗り越えて現地に到達した探検隊が目的の建築物を発見したとき、予想もしなかった事態が起こる。

ここまでは書ける。読み始めた時点では、ジュール・ヴェルヌ的な19世紀冒険小説か、H・P・ラヴクラフト的な古代遺物ホラーかと思われる雰囲気を持つ。帆船、フィヨルド、ライバル船との競争、謎の建築物、どれも馴染みある探検小説の道具立てだ。しかしレナルズはその外枠を使いながら、読者をまったく別の場所へ連れていく。

タイトルの「反転」は予告だ。世界が反転する。ジャンルが反転する。前半で積み上げてきた読者の了解が、ある瞬間を境に根底から覆される。その転換の精度と速度が本書の最大のポイントであり、同時に紹介の限界でもある。

アレステア・レナルズは銀河規模の宇宙SF「啓示空間」シリーズで知られるイギリスのハードSF作家で、本書は単著長篇としては17年ぶりの邦訳にあたる。短編では2008年と2021年の二度、星雲賞海外短編部門を受賞しており、日本のSF読者には短編作家としての印象が強いかもしれない。本書はその印象を大きく更新する。

全篇を通じた記述の密度、時代考証の精緻さ、そして反転の仕掛けの大きさ。416ページの分量を一気に読ませる手腕は、レナルズの長篇作家としての力量を改めて示している。2023年ローカス賞・ドラゴン賞SF長編部門候補。中原尚哉訳、解説は渡邊利道。

予備知識を入れずに読むことを強くお勧めする。



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