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これは童話か、都市伝説か、それとも全部か——白猫、黒犬

本書の魅力を伝えることは難しい。評者の橋本輝幸が「鵺や麒麟のような作風」と評したのもよくわかる。一部分だけ見れば見覚えがある。しかし全体を眺めると、分類するための言葉が追いつかないのだ。

7篇すべてに元になった童話がある。しかしリンクの手を経ると、原型はほとんど判別できないほど変形している。表題作「白猫の離婚」の元ネタはフランスの童話「白猫」だが、現代に置き換えられた物語の中心には大麻農場を経営する白猫がいる。父親の無理難題に応じようとした息子が白猫の農場で働くことになる展開は、ユーモラスな細部と不穏な空気が同居している。読んでいるうちに笑えるのか怖いのか判然としなくなり、篇が終わった後に何かが変わった感触だけが残る。これがケリー・リンクの作風だ。

「地下のプリンス・ハット」はざっくりいうと、地獄に奪われた夫を取り戻しに行く男の冒険譚だ。ノルウェー民話「太陽の東、月の西」を下敷きにした作品で、異界へ降りていくおとぎ話型のストーリーになっている。ただ、登場する地獄は妙にこぢんまりとした官僚的な場所で、そのギャップが笑いと恐怖の両方を呼ぶ。「スキンダーのヴェール」は白雪姫のモチーフを借用、禁じられた部屋をめぐる話だ。この篇では語り手の視点が揺れ、「主人だけは絶対に入れてはいけない家」という前提が徐々に別の形に変容していく。

「粉砕と回復のゲーム」は、感染して座礁した宇宙船内で、兄オスカーと妹アナトが「バケツ」と「ホーム」を往復しながら繰り広げる生存ゲームを描いたSFホラー短編だ。吸血鬼の脅威、お手伝いさんの手だけ、帰らない両親の中で、2人は「粉砕(破壊)」と「回復(再生)」を繰り返す謎のゲームに没頭するが、最終的に妹がゲームを終わらせ「船」に乗り込むところで、二人は電子存在だったかのような幻想的な余韻を残す。

ケリー・リンクのもうひとつの特徴は、明確な結末を持たない篇が多いことだ。解決されない謎、着地しないまま終わる会話、何を意味するのか読者に委ねられる最後の一行。これを「未完成」と感じる読者と、「余白として楽しめる」と感じる読者で評価が分かれる。好みが分かれることを先に伝えておくのが誠実だと思うが、その余白が読後に別の形で機能することを、本書は何度か証明してみせる。

装画はヒグチユウコ。モノクロの緻密な線で描かれた不可思議な生き物が表紙を埋めており、本を物体として手元に置いておきたくなる仕上がりだ。前作『スペシャリストの帽子』から10年ぶりとなる本書は、2024年ローカス賞短篇集部門を受賞した。リンクを初めて読む人にも、前作から追ってきた読者にも、等しくお薦めできる一冊だ。



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