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【読書ログ】パラドクス・ホテル【すべては移ろい、それでも残る】

本書は、時間をめぐる物語でありながら、生きることの重さに真正面から向き合った小説だ。

物語の舞台は、時間旅行が現実になった世界のホテル。時間旅行客を迎えるその場所で起きる事件は、いわゆるSFミステリの枠組みにきれいにおさまっている。謎があり、死があり、陰ぼうがある。けれど読み進めるうちに気づくのは、この物語の中心にあるのがトリックや理屈ではなく、苦しみとどう向き合うかという問いだということだ。

人生は思い通りにならない。仕事も人間関係も、うまくいくときより、うまくいかないときのほうが記憶に残る。なぜこんな目にあうのか、なぜ自分だけがと考えてしまう。その感情は、主人公のかかえる痛みと重なっていく。時間がゆがみ、同じ光景がくり返されるなかで、それでも前に進もうとする姿はとても人間らしい。

この小説がおもしろいのは、仏教的な感覚が物語の底に流れているところだ。すべては移ろうという感覚。とらわれるからこそ苦しみが生まれるという視点。過去を変えられるかもしれない世界で、なお変えられないものがあるという事実。その皮肉が、タイトルにも通じる大きな逆説になっている。

派手なSF設定に目をうばわれがちだが、読後に残るのはむしろせいひつな余韻だ。苦しみは消えないかもしれない。それでも、それをどう受けとめるかで世界の見え方は変わるのだと、物語は語りかけてくる。

SFミステリが好きな人にはもちろんすすめられるし、ふだんあまり海外SFを読まない人にも読んでほしい一冊だ。時間旅行という非日常のしかけを通して、いちばん身近な、生きるというテーマを見つめなおすことができる。読んだあと、自分の抱えている痛みについてほんの少しだけやさしく考えられるようになる。そんな力をもった作品だと思う。



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