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猫宮春香は虹色の夢を見る 第6話

「野菜はここでしょうか?」「衣服はどこです?」尋ねつつも、テキパキとした動きで買ってきた荷物を分けます。食材は冷蔵庫にきちんと入れ、衣服は折りたたんでタンスの中へ。我ながら初めてにしては及第点でないでしょうか。次は、もっと速度をあげたいと思います。

「ふぅ、終わりました。ご主人」

 ご主人は膝をぽんぽんと叩いていました。あれは一日の疲れも即座に吹っ飛ぶなでなでの構え、その膝の元へ勢い良く飛び込みます。

「きょうは一日、お疲れ様」

 頭を撫でてくれているので、ゴロゴロと喉を鳴らせない代わりに「ふみゅうぅ」と返事をしました。

 しばらくすると、まどろみの中へと誘われました。

「お湯が……ました。」

 何やら嫌な予感とともに目が覚めます。そんな私の肩をご主人は叩きました。

「ん……何ですか? ご主人」

「お風呂入ろっか」

 びくっと体がはねます。お風呂だけはどうも慣れません。あの、深淵に取り込まれそうな、それでいて、ヌメヌメとした気持ち悪い感覚が体中にまとわり付くのだけは何としても回避しないと。

「お風呂は嫌です!」

「きょうはいっぱい動いて汗がすごいでしょ。洗わないと気持ち悪いよ」

「嫌なのは嫌ー」

「駄駄をこねないの」

「いーやー」

 手をぱちんと叩いて祈ります。これで、ご主人もあきらめてくれるはず。

 しかし、ご主人は嫌がる私の腕を引っ張り、洗面台の前へと連行しました。

「ほら、ばんざーい」

 服を脱がそうとしていますが腕をぴっちりと閉めて断固入浴拒否の姿勢で対応します。

 ご主人は嘆息すると、両脇をくすぐってきました。

「ちょっと、ご主人。くすぐったいですよ! あはっははは。や、やめてくださいっ、て、あっ」

 腕の力が緩んだ瞬間に一気に服を持ち上げられました。ご主人はあの志乃さんよろしく手をわしわししてきたので、諦めて自分で衣服を脱ぐことにします。

 がららららと暖房が効いている風呂場に入ります。ご主人が浴槽の蓋を開けているあいだ、中に張られているお湯を遠巻きに見ました。目を合わせたら飲み込まれそう、でも、合わせずにはいられない。

「あわわわわ」

「大丈夫、怖くないよ」

 ご主人は私を丸椅子に座らせると、桶でお湯を掬い、ちょっとずつ掛けてきました。お湯が顔にかかる度に両目をがっちり閉めて、ぶるぶると身を震わせます。

 ご主人は掌にシャンプーを付け薄く伸ばすと、私の頭皮を指の腹で優しくこすり始めました。

 あれ、猫のときと違う。

「ふわあああ、気持ちいですぅ」

「でしょ」

 ご主人はシャンプーを一旦洗い流すと、しっかりとタオルで髪の毛の水気を切ってくれました。今度はトリートメントを二cmほど手に取り、毛先を重点的にケア、次いで根本を、最後にスキャルプブラシで全体になじませてくれました。本格的ではありませんか。

 薬液を染み込ませている間にボディーソープをスポンジに取ると、私の体を軽く擦り始めました。

「そこ、そこをもっと、こすってくださいですぅ」

 首周りや臀部の部分を擦られると、なんともぴりぴりと心地の良い刺激が脊椎を走るではありませんか。もう耐えられません。隠していた猫耳がぴょんと飛び出してきました。

「他にどこか痒いところある?」

「あの、その……お腹をさすってもらえると」

「はいはい」

 両手両足が脱力し、目がとろんとしてきます。猫のときもそうでしたが、人間の姿だとより一層気持ちが良いです。

 泡まみれになった私をお湯で洗い流すと、湯船の中へと両脇を抱えて入れ、自分の体を洗い始めました。

 浴槽ごしに向かい合います。正直に気持ちよかったと改めて言うのも気恥ずかしいので、口元を湯船の中につけてぶくぶくと泡を立て、なけなしの抵抗をしてみます。ご主人はそんな様子を特に気に留めるでもなしに、体を洗い終えると対面に入りました。

「二人だと狭いね……」

「ですね……」

 湯船の中で顔を合わせると、仲良く微笑みました。

 風呂場から出ると、ご主人は私の体をバスタオルで拭い、髪の毛をドライヤーで乾かしてくれました。そして一緒に歯を磨きます。

「ふああぁあ」

 フラフラとした足取りになってきたので、ご主人の手を引っ張って寝室へと向かいます。ご主人は私を布団の中に入れると、寝室の電気を消し、リビングへと歩いていきました。

「一緒のお布団で寝るですよー」

 まだ明るい部屋の中で本を呼んでいたご主人の前へ、うつらうつらしながら立ちます。

 今にも倒れ込んでしまいそうなほど弱々しい力でご主人の手を引っ張ると、一緒に布団の中に潜りました。

「おやすみですよ……」

「おやすみ」

 時計の針の進む音がしだいに遅くなってきました。

「ちょっと寒いな……」

 そんな声がまどろみの中で聴こえた気がしました。

 雀のさえずりがかすかに聞こえます。どうやら、朝になったみたいです。

 目を擦って隣を見ると、ご主人の唇にあはよくばキスをしてしまうところでした。いけません、そのようなことはちゃんと心の準備を……いや、またとない機会です。ご主人のこと「二人で寝るのにはちょっと狭いから、もう一つ布団を買おう」と、開口一番に言い出しかねません。操なんて知ったこっちゃありません。自分の力で勝ち取らなきゃ、いかんのです。口をおもいっきり「う」の形にして唇をすぼませて尖らせ、近づきます。いざ尋常に……とご主人の口元をよく見たら、底冷えしたのか鼻水を垂らしているではありませんか。見下ろすとご主人の体に布団がかかっていません。

 なんということでしょう、風邪を引いてしまうではありませんか。私の方に全部かかっていた掛け布団をご主人の上に乗せ、ティッシュを何枚か取ると、人中を拭ってあげます。 これで一安心。ご主人の健康第一ですよ。

 気を取り直して、いざ

・・・・・・

・・・

 枕元に置いていた料理本を手に台所へと向かいます。

 ご主人のために一肌脱ぎますか。腕まくりをして、ふんすと鼻を鳴らします。

 まずは何から作りましょうか。昨日のうちに目星を付けておいたページを開きます。初めての調理なので、定番の作りやすい献立をば。

 豆腐とわかめのお味噌汁に、焼き魚、ほうれん草のおひたし、それとご飯、は炊いてあるので問題ないでしょう。

 頭の中で一番理想的な調理手順を積み木のように組み立てていきます。切って、焼いて、茹でてと。

 ふうむ、どうも手を動かしてみないことにはイマイチ想像つかないですよ。ものは試しに、お魚さんから調理していくことにしましょう。

 お魚さんの切り身の上に、ふり塩で味を付けると。なるほど、塩が入っている瓶をふりふりして、身の上に振りかけていきます。程よくかかったら、二十分ほど置いて出てきた水分を拭き取ると。がってんですよ。置いている間に、ほうれん草のおひたしを作るです。



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