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猫宮春香は虹色の夢を見る 第10話

 志乃さんは柄にもなく肩を落としてしょんぼりしていました。うっ、志乃さんは何の気なしに誘ってくれたというのに、私の身勝手な思いで……良心の呵責を感じずにはいられないですよ。人間って、都合がよいんですね。

「志乃ー、そろそろ始めるよー」

「今行くっすよー」

 志乃さんはグループの方に手を振ると、

「それじゃ、またっす! 妹さんも」

「うん、頑張って」

 私は先程の償いになるかどうかわからないですけど、

「志乃さんが波に乗れたら、皆でお祝いパーティをしましょう」

「ホントっすか!」

 志乃さんは子供が念願のおもちゃを買ってくれたくれたようにぱーっと明るい表情を浮かべると、

「絶対、絶対っすよー」

 手をこちらに大きく振りながら、サーフィングループへと駆け足で向かっていきました。

「なーんだ、志乃さんのこと苦手じゃなかったの?」

 ご主人はにやにやしながら私の方を見てきました。ひっぱたいてやろうかしら。

「ご主人がお世話になっている職場の方なのです。これぐらいは当然ですよ!」

 胸を張ると、海岸通りを再び歩き始めました。

 うららかな陽気と共に風がないでいます。頬を撫でる潮風が髪の毛を揺らし、はかなく過ぎ去っていきます。少し乱れた髪を掻き上げてご主人の顔を見つめると、沖で停留していたボートを眺めておりました。

「そろそろ帰ろっか」

 ご主人は高台へと続く道へ歩み始めました。

 途中、古びた酒屋さんで大家さんに頼まれていた缶ビール六本セットのものを二つ購入し、アパートへと帰宅します。

「こっちこっち~」

 大家さんは自分の駐車場の上にブルーシートを敷き、アパートの住人さんたちとお酒を飲んでおりました。シートの上には揚げ物とか、惣菜だとかで溢れかえってプチ宴会状態になっています。

 ご主人は買ってきた缶ビールを大家さんの横に置き、お釣りを渡そうとしたら、

「買ってきてくれた御礼よ」

 大家さんはお釣りを受け取らずに、ご主人の手を握ってにっこりと微笑みました。

「こんな受け取れないですよ」

 ご主人がそれでも渡そうとしたら、ご主人の首元に近づき、

「ふふっ、かわいい」

 と囁きながらご主人の耳を甘噛みしました。「ちょっと」ご主人を引き離そうとしたら、大家さんの視線が私に移り、ゆったりと進撃してきました。

「春香ちゃんもかわいいわね~」

 私の両腕をがっしりと掴んで動けなくすると、首元を甘噛みしてきたですよ。

「はぅ……んっ」

「可愛い声ね~」

「だめですってばっ、ひゃっ」

 ぎゅっと抱きしめて、私の背中をさすさすしています。ご主人、お助けを、これ以上擦られたら意識が朦朧としてきて……そんな気持ちも露知らず、ご主人は羨ましそうな顔をして傍観しているではありませんか。まずい、非常にまずいです。気を失ったら何をされるかわからないですよ。

 オレンジジュースをちびちびと飲んでいたおっとり風な女の人に目配せすると、

「そこまでにしてあげなー杏子」

「な~に~恵利、さみしくなっちゃった~?」

「はいはい、寂しい寂しい」

 恵利さんは両腕を大きく広げると「こっちこっち」と大家さんを誘導しました。

「ふぃ~」

 大家さんは恵利さんの胸の中で頭をすりすりしながらぎゅっと抱きしめていました。よだれが恵利さんの衣服の上へとぽとり。

 恵利さんの瞳が、若干濁ります。

「恵利~、好き~……」

 そして、大きないびきを立てて寝始めました。恵利と呼ばれた女性はちょっぴりため息をつくと、丸メガネの奥から私にウインクしてくれました。

「ふー、助かったですよ」

「ごめんねー、杏子ってば、酔うと甘え上戸になるからさ」

「それにしても壮絶です」

「あっはっはっは」

 恵利さんは大家さんの頭をなでなでしつつ、声高らかに笑いました。

「普段はすっごく真面目な子なんだけどねー」

「えっ、年中無休のグータラ女さんじゃなかったですか!」

「グータラ女って、ある意味間違いじゃないけど、あっはっは」

 恵利さんは笑うのが好きなようです。

「ところで貴方は?」

「猫宮春香です! 最近ここに引っ越してきたですよ」

「……そうだったの、なら、中学生?」

「あ、その……いま、須野原中学校に手続き中でして」

「じゃあうちの生徒さんになるのね」

 恵利さんは大家さんをシートの上に寝かせると、私の目の前に手を差し出してきました。

「私は忍野恵利、須野原中学校の先生よ。これからよろしくね」

「よろしくですよー」

 こんなことってあるんですね。世間は狭いです。

「さてと、そろそろお開きにしましょうか」

「ですね」

 シートの上に散らばっていたゴミや空き缶をまとめ、袋の中に分別します。

「外に置いとくと風邪引いちゃうからさ、薫君、この子運ぶの手伝ってくれる?」

「なんでもござれですよ」

 ご主人はシートの上でぐっすりと寝ていた大家さんの肩を持ち上げ、背中に背負い込むと、階段を登っていきます。

 なーにがなんでもござれですか、むっつりさんですね。

 恵利さんが鍵を開けると、大家さんのアパートに入りました。

「うわぁ、すごいな」

 大家さんの部屋の中は、ビールの空き缶やらゴミやらで足の踏み場がないほど埋め尽くされていました。玄関先で一旦立ち止まります。

「あらー、一ヶ月こなかったらこれか……」

「僕が来てたときはすごく綺麗だったんだけどな」

「ああ、一ヶ月間晩酌につきあってたってやつ? そういえば杏子、薫君が部屋に来てくれるんだぁ、てすっごくはりきって掃除してたわね。その期間中、薫君がご飯作ってくれたんだよーとか、今度作りにいってあげよっかなぁとか毎晩朝方まで電話してきて大変だったわ」

「さいですか」

「今言ったことは内緒ね」

 恵利さんは人差し指を唇に当てるジェスチャーをすると、ゴミとゴミの間の僅かな隙間を器用に踏み抜いていきました。その轍をご主人と私はトレースしていきます。

 寝室に入ると、ベッドの上に横たわらせ、

「ありがとね、あとは私が片付けたりするから」

 手を振りながら、大家さんの部屋を出ました。

 日が落ち

「まだ時間もあるし、学校に必要な用具を買いに行こっか」

「はいです!」

 そしてご主人と私は、中学校に必要な道具や、スマートフォンまで契約してくれました。今から学校生活が楽しみです。



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