yukisskk

たぶん、ひとの記憶に受け継がれる、そういう作品を作りたいんだと思う

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ノート

Xのおすすめフィードは、だいたい気温みたいなものだと思っていた。暑いだの寒いだの、その瞬間の気分に触れてはすぐ離れていく。だから、いつもなら指は止まらない。次、次、次。何も残さずに流れていくのが、むしろ心地いい。

それなのに、その日だけは違った。CROSS†CHANNELの名前が視界に入った瞬間、スクロールの惰性がぷつんと切れた。指先が空中で迷子になって、止まる場所を探して、結局そのポストの上で静止した。

ポスト内容はありふれていた。よくある褒め言葉の並べ方で、語尾の勢いだけが熱を帯びている。CROSS†CHANNELすげー。泣いた。人生変わった。みたいな、いつものテンプレート。だから、指が止まった理由は文章そのものじゃない。文章の向こう側にある、熱そのものだった。何かを守るように抱えている熱。自分だけの宝物を見せびらかすんじゃなくて、同じものを好きになってほしくて仕方ない熱。

私が知っているのは、シナリオライターがこぞって褒めている、という輪郭だけ。作品の中身は何も知らない。プレイしたこともない。ただ、その輪郭だけで、妙に胸がざわついた。輪郭だけのはずなのに、そこに映る影が濃すぎた。作品って、そんなふうに伝染することがある。内容じゃなく、熱量だけが先に来て、こっちの心に火種を落としていく。

私は思った。自分も、こんなふうに誰かの指を止められるものを作りたい。

感動してもらう作品。言葉にすると軽い。作るとなると、途端に重い。感動って、泣かせればいいわけじゃない。びっくりさせればいいわけでもない。胸の奥の普段は触れられたくないところを、そっと撫でられたみたいな感覚。何年も後に、不意に思い出してしまうような、あの感じ。

たとえばそれが、誰かの帰り道を少しだけ変える作品だったらいい。 駅までの道、いつもならスマホを見て無表情で歩く人が、ふと顔を上げて、空の色を確認してしまう。自分でも理由が分からないのに、息を吸って、胸の中に何かをしまい直す。そんな小さなズレが生まれる作品。

たとえばそれが、言い訳の逃げ道を塞ぐ作品だったらいい。

「忙しいから」「才能がないから」「今はタイミングじゃないから」って、自分を守るために便利な言葉を、優しく奪ってしまう。代わりに、「それでもやりたいんだろ?」という問いだけを残す。答えを強要するんじゃなくて、問いを持ち帰らせる作品。

たとえばそれが、優しさの形を更新する作品だったらいい。

誰かを助けたい気持ちが、正しさや支配に変わってしまう瞬間。そこに気づいて、立ち止まるための鏡。言葉を選ぶ手の震えを、恥ずかしいものじゃなくて、生きている証拠として肯定する作品。

たとえばそれが、取り返しのつかなさを真正面から見せる作品だったらいい。

選択肢があるゲームほど、私たちは「やり直せる」と思ってしまう。けれど現実は、たった一度の台詞、たった一度の無視、たった一度の沈黙で決まってしまうことがある。やり直せないからこそ、人は慎重になれるし、やり直せないからこそ、勇気が要る。そういう痛みを、痛いまま渡してくる作品。

そういうものを作りたい、と言うだけなら簡単だ。

問題は、その「そういうもの」を作るには、まず自分が何度も指を止められなきゃいけないってことだ。流れていくものの中で、心が勝手に足を止める瞬間を、何度も体験しなきゃいけない。羨ましさや憧れを、ただの嫉妬で終わらせないために。

CROSS†CHANNELのポストに指が止まったのは、もしかしたら、その第一歩だったのかもしれない。

作品を知らないのに、作品の影だけで立ち止まってしまった。その事実が、私にとってはちょっと怖くて、でも嬉しかった。怖いのは、心が動くと今のままじゃいられなくなるから。嬉しいのは、まだ心が動くという証拠だから。

私はスワイプの手をいったん止めて、画面を閉じた。

熱に当てられたまま、その熱をどこに置けばいいのか分からなかったから。けれど、分からないままでもいいのだと思った。分からない、のまま書き始める。分からない、のまま誰かに手を伸ばす。

作品を作るって、きっとそういうことだ。

いつか私も、誰かの指を止めたい。

「なんか分からないけど、ここで止まってしまった」って、そう言わせたい。

そのために、まずは自分の指が止まった理由を、丁寧に拾い集めていこう。熱の匂い。言葉の奥にある沈黙。褒め言葉の向こうで震えている、名もない衝動。たとえばそれが、今この瞬間に立ち止まった、たった数秒の出来事から始まるのだとしても。

いま読んでいる本

『パラドクス・ホテル』読んでます。

現在は、p. 80まで読了。

きょうのニュース解説

タピオカブームが去り、その跡地を占めた唐揚げ専門店もトレンドから後退したいま、麻辣湯が同じサイクルを辿ろうとしています。この流動的な食ブームの本質を理解するには、急速な拡大とすでに見え始めている衰退の兆候を分析する必要があります。

麻辣湯の新規開業件数は2025年に3年前比で少なくとも8倍以上に達し、大手チェーン七宝麻辣湯も急拡大していますが、この数字の背後には低い参入障壁と過熱する競争が存在します。ヘルシーでSNS映えするという要因がブームを牽引する一方で、競合の濫立と客足の分散により、後発参入業者の採算性は悪化する可能性が高いといえます。

さらに、開業資金として2500万円から必要とされるフランチャイズ展開には高いリスクが伴います。タピオカや唐揚げが辿った軌跡を踏襲すれば、麻辣湯も1年から2年程度で調整局面に入ることが予測されます。現在の繁盛は次のブームまでの一時的なものであり、採算性の悪化と淘汰の段階がすでに始まっているのです。

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