yukisskk

目的地よりも、旅そのものが人を作る——旅のラゴス

旅に目的があるのはいい。けれど重要なのは、旅をすることそのものだ——そういう感触が、読み終えてから浸み出てくる。

高度な文明を突然失った世界。その代償として人々が超能力を獲得しはじめた「この世界」で、男ラゴスはひたすら歩き続ける。目的は、遠い大陸に存在するという先祖の書物を読破すること。それだけを胸に、24歳のラゴスは北の故郷を出発する。

物語は連作短編の形を取る。奴隷狩りに捕まり銀鉱で7年間こき使われる。壁抜けのできる芸人と出会う。集団転移に巻き込まれる。宇宙船の残骸を探して荒野を歩く。ポロの盆地のドームで、書物の山に埋もれながら15年を過ごす——各章はそれぞれ完結した挿話だが、読み継ぐうちに積み重なりが生まれ、やがてラゴスという人間の輪郭がくっきりと浮かび上がってくる。

ラゴスはひどく落ち着いた男だ。奴隷に落とされても、命の危機に瀕しても、取り乱す様子がない。驚くべき体験をさらりと語り、出会った人々に知識を分け与え、また歩き出す。この淡々とした語り口こそが本作の核で、「いま起きていることは面白い」という知的な態度が、世界のどんな悲惨な側面をも好奇心の対象に変えてしまう。筒井康隆が本作でもっとも費やしたエネルギーは、このラゴスという人格の造形にあったのではないかと思う。

書物への愛着、知識への渇望——ラゴスの旅は、ある意味で読書論でもある。ポロのドームで15年間書物を読み続けるくだりで、ラゴスは工学、医療、生物、法律と次々に「世界が広がる」体験をする。その歓びの書き方が、読んでいるこちらにも伝染する。作者本人の知識欲がラゴスに乗り移ったような、幸福な時間だ。

本作は1984年から86年にかけて『SFアドベンチャー』誌上に連載され、1986年に単行本化された。新潮文庫版が1994年に刊行されて以来ロングセラーとなり、2014年頃から口コミで火がつき10万部を超える増刷を記録した。出版社も「原因不明の謎のヒット」と呼んだこの現象の背景には、読んだ人が誰かに薦めずにいられなくなる、という作品の性質があるだろう。

読後の充足感はどこから来るのか、うまく言語化しにくい。大きな謎が解かれるわけでも、感動的なクライマックスがあるわけでもない。ただラゴスの68年分の人生を共に歩いた、という感覚だけが残る。そしてそれが、案外ずっしりと重い。終盤、老いたラゴスがまた旅へ出る決心をする場面の余韻は、読んだ者にしかわからないものだと思う。



前の投稿
この平和は何の上に成り立っているのか——新世界より
次の投稿
コピーは輪廻であり、廃棄は死である——コード・ブッダ 機械仏教史縁起


コメント