yukisskk

こういうのでいいんだよ、じゃなくてこれじゃないといけない——プロジェクト・ヘイル・メアリー

できれば、あらすじを読まないでほしい。予告編も見ないでほしい。この書評も、できれば読まないでほしい——と書いたら書評の意味がないのだが、それくらいの気持ちで読んでほしい小説がある。アンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』だ。

何も知らない状態でページを開いたときの体験が、この小説の最大の価値の一つだと思っている。だから物語の核心には触れない。触れられるのは、ここまでだ。主人公のライランド・グレースは、真っ白な部屋で目を覚ます。記憶がない。隣の二つのベッドには、すでにミイラ化した遺体がある。そして少しずつ、自分がどこにいるのかを理解していく。

この冒頭の数ページで読むのをやめた人は、おそらくほとんどいない。

著者のアンディ・ウィアーは『火星の人』で知られる作家で、主人公が科学知識を武器に絶望的な状況を一つずつ乗り越えていくという構造を得意としている。本作もその系譜にある。グレースは科学者で、思考の過程が地の文にそのまま流れ込んでくる。仮説を立てて、検証して、外れたら修正して、また進む。その反復が、奇妙なことに、ページをめくる推進力になっている。「科学する」ことの純粋な楽しさを、これほど直接的に伝えてくれる小説はなかなかない。

他の作家が同じ題材を書いたら、もっと重く、もっと暗くなっていたかもしれない。ウィアーはそうしない。困難な状況でも主人公の声は明るく、問題を前にしたときの知的な興奮が抑えられていない。その「元気の良さ」が、この小説の空気を作っている。絶望的な状況にいるのになぜか読んでいて元気が出てくる、あの感覚だ。

映画版が2026年3月に公開された。ライアン・ゴズリング主演、ロード&ミラー監督という布陣で、原作ファンの期待は公開前から相当なものだった。映画と小説、どちらから入ってもいいと思うが、小説から入る場合はやはり何も知らない状態で読み始めることを強く薦めたい。あらすじすら読まないのが理想だ。第一章の最後の一文で、すでに引き込まれているはずだから。

星雲賞海外長編部門を受賞しており、SF読者の間での評価は揺るぎない。一方でSFをほとんど読まない人にも届く小説だと思う。ハードSFの文法で書かれていながら、科学の予備知識がなくても主人公と一緒に考えながら読める。その間口の広さもウィアーの特技だ。

読み終えたとき、しばらく何もできなかった。そういう読書体験は、年に何度もない。



前の投稿
言語は武器になる——バベル オックスフォード翻訳家革命秘史


コメント