フィリップ・K・ディックは生涯で44作の長編小説を書き、そのほとんどが独立した設定を持つ。共通しているのは、目の前の現実が実は偽物だったと発覚する構造と、政府や巨大企業に監視され操作される個人という主題だ。この二つの軸が作品ごとに違う衣装をまとって現れるため、代表作を1冊挙げるだけでは入門書として機能しにくい。
どの1冊から読み始めるかは、読者が何を求めているかで変わる。歴史改変SFとしての完成度を求めるなら『高い城の男』。映画「ブレードランナー」の原作から入りたいなら『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』。ディック自身の離婚や薬物依存の記憶が下敷きになった人間ドラマを読みたいなら『流れよわが涙、と警官は言った』。現実の底が抜けていく感覚そのものを味わいたいなら『ユービック』。この4作を軸に、自分に合った入り口を探ってみたい。
目次
1. 『高い城の男』
日本がアジア太平洋を、ドイツがヨーロッパを支配した世界を描く歴史改変SF。枢軸国が第二次世界大戦に勝利した設定のもと、占領下のサンフランシスコで暮らす人々の生活が積み重ねられていく。作中には連合国が勝利した歴史を描く禁書『イナゴ身重く横たわる』が登場し、登場人物たちはその本を通じて自分たちの世界の異常さに気づき始める。
1963年のヒューゴー賞を受賞した作品で、ディックの長編の中でもっとも構成が整っている。SF的な仕掛けよりも占領下の日常の描写に重心を置いているため、ディック特有の現実崩壊のスリルを期待して読むと肩透かしを食う。歴史改変SFの古典として、あるいはディックの筆致がどれほど緻密かを確かめる1冊として読むのに向いている。
2. 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
第三次世界大戦後、放射能に汚染された地球で、生きた動物を所有することが社会的地位の象徴になっている。人工の電気羊しか持たないバウンティハンター、リック・デッカードは、火星から逃亡してきたアンドロイドを狩る仕事を引き受ける。追う相手が人間と見分けのつかない存在であるほど、デッカード自身の共感能力や人間性が試されていく。
映画「ブレードランナー」の原作として知られるが、映画とは筋も雰囲気もかなり違う。電気羊を飼う夫婦の見栄、感情移入マシンを介した疑似宗教、ネット上の人格を持つテレビ番組など、映画では省かれた要素が随所に配置されており、原作でしか読めないディックらしい細部が多い。映画から入った読者にとっても、映画を知らない読者にとっても、ディックの入口としてもっとも間口が広い1冊だ。
3. 『流れよわが涙、と警官は言った』
人気テレビタレントのジェイスン・タヴァナーは、ある朝ホテルで目覚めると、自分に関する記録が世界中から消えていることに気づく。身分証も戸籍も友人の記憶も、彼という人間が存在した痕跡がどこにもない。政府の管理体制が個人を丸ごと消し去りうる社会で、タヴァナーは自分の存在を証明するために奔走する。
1975年のジョン・W・キャンベル記念賞を受賞した作品で、ディックが離婚と薬物依存を経験した時期に書かれている。派手などんでん返しよりも孤独と喪失の感覚が全体を貫いており、ディックの中では感情の起伏が読みやすい部類に入る。奇想天外な設定よりも、登場人物の心の動きを追いたい読者に向いている。
4. 『ユービック』
1992年、月面基地で予知能力者たちのテロに巻き込まれた反超能力者集団のジョー・チップは、雇い主とともに奇妙な時間退行に見舞われる。硬貨や紙幣、看板の文字が次々と古い年代のものに置き換わり、周囲の現実そのものが過去へと巻き戻っていく。この異常な劣化を止める唯一の手段として登場するのが、スプレー缶に入った謎の物質ユービックだ。
現実が信用できなくなるという、ディックの作風を象徴する仕掛けがもっとも純粋な形で展開される作品で、終盤まで何が起きているのかを読者に明かさない構成になっている。前提を疑いながら読み進める体験そのものを楽しみたい読者には、この1冊から入ることを勧めたい。他の3作を読んでからディックの真骨頂に触れる最後の1冊として取っておくのもいい。
4作はどれも入口として機能するが、迷ったら『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』から読み始めるのが無難だ。SFとしての設定の強度と人間ドラマのバランスが取れており、ディックの他の作品への橋渡しにもなる。
『高い城の男』は歴史改変SFの完成度を、『流れよわが涙、と警官は言った』は作家自身の人生が染み込んだ物語を、『ユービック』は現実感覚そのものを揺さぶる体験を、それぞれ別の角度から提供してくれる。1冊読み終えて気に入ったら、次はその隣にある作品に手を伸ばせばいい。ディックの長編は互いに独立しているので、どの順番で読んでも構わない。
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