この小説の第一章を読んだとき、しばらく次に進めなかった。インドのとある街で、猛暑によって人々が次々に死んでいく。川に飛び込んでも水温が高すぎて死ぬ。主人公のフランク・メイは、その場に居合わせた唯一の生存者だ。2000万人が熱死した、と後に語られる。この冒頭が読者に突きつけるのは「これはSFだ」という安心感ではなく、「これは起きうる」という底冷えだ。
物語はその後、国連の外郭機関として設立された「未来省」を中心に展開する。気候変動に関するパリ協定を実施させるために作られた組織だが、法的拘束力もなく予算も乏しい。トップに就任したメアリー・マーフィーは、そんな機関を率いながら2025年から2050年代にかけての気候危機と向き合っていく。
本書の構造は非常に特徴的だ。106の章から成る1500枚余、2段組み600頁に及ぶ大長篇で、メアリーやフランクといった人物の物語だけでなく、難民キャンプの視点、絶滅した動物の視点、炭素原子の視点、架空の会議録や統計データまでが断章として織り交ぜられる。ストーリーを追うというよりは、気候危機という巨大な問題の全体像を多角的に見せるドキュメンタリーのような読み心地だ。
炭素増加に伴う環境破壊、貧富の格差克服、民主主義のあり方、新自由主義の弊害、MMTやモンドラゴン、炭素税とカーボンコイン——登場する概念の幅が広く、経済学や政治学の素養があると読みやすい。ただそれがなくても、問いの真剣さは伝わってくる。著者ロビンスンは「正しい答えを提示したいのではなく、考えるきっかけを作りたい」という姿勢で一貫していて、書かれていることへの反論も歓迎する構えがある。そのオープンさが、この小説を説教臭くしていない。
本書が他の気候変動SFと一線を画しているのは、絶望を拒否していることだ。技術的・政治的・経済的な解決策がこれでもかと盛り込まれており、「手詰まりではない」というメッセージが全体を貫いている。ユートピアではない。犠牲も摩擦も描かれる。それでも、人類は何かできるかもしれないという信念が底にある。解説で坂村健がこれを「苦いユートピア」と呼んでいるが、その表現がしっくりくる。
ブログのこれまでのレビューで、気候変動というテーマが何度も浮上してきた。『シリコンバレーのドローン海賊』『プレイグラウンド』『地球の果ての温室で』『闇の中をどこまで高く』——それぞれが異なる角度から同じ問いを照らしていた。本書はその問いに最も正面から、最も大きなスケールで向き合った作品だと思う。気候変動をテーマにしたSFの「震源地」として、一度は読んでおきたい一冊だ。
原作刊行の2020年当時、オバマ元大統領やビル・ゲイツら各国の要人が夢中になったというのも、この小説が単なる文学作品を超えて「提案書」として機能していることの証明だと思う。SFは未来への処方箋になるか。本書を読むと、なるかもしれないと感じる。
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