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【読書ログ】いつかどこかにあった場所【記憶は、嘘をつくことで本当になる】

子どものころ見ていたテレビ番組が、実は存在しなかったとしたら。あの記憶は本物だと思っていたのに、誰もそんな番組を知らないとしたら——『いつかどこかにあった場所』の巻頭作「二つの真実と一つの嘘」は、そういう問いから始まる。

虚言癖があることを自覚している女性ステラは、友人から「アンクル・ボブ・ショー」という子ども向けテレビ番組を覚えているかと聞かれる。そんな番組は存在しないはずなのに、友人は確かに覚えていると言う。家に帰って母に聞くと、ステラ自身もその番組に出演したことがあると言われる。自分が嘘をついているのか、世界が嘘をついているのか、それとも記憶というものが最初からそういうものなのか。この問いが短篇として鮮やかに結実していて、読み終えたあとしばらく自分の記憶を疑いたくなった。この作品がヒューゴー賞とネビュラ賞の中篇部門を両取りしているのも納得だ。

著者のサラ・ピンスカーはシンガーソングライターとしても活動しており、アルバムを4枚リリースしている。それだけあって、音楽と物語の関係への感度が鋭い。「オークの心臓集まるところ」は民謡の歌詞をインターネットで検証していく話で、歌の中の「場所」を追いかけるうちに、記憶と土地と時間が奇妙に絡み合っていく。音楽が時間を凍らせる力を持つという直感が、SFの文法で書かれている。

「ケアリング・シーズンズからの脱走」は本書で最もディストピア色の強い一篇だ。高齢者施設に囚われた老女ゾラが、施設の管理システムに抗う話で、不当な力への反骨心と、それでも失われない人間の気概が圧縮されている。SFとして読むと設定の不気味さが際立つが、ゾラというキャラクターの強さが後味を明るくしている。

「科学的事実!」はガールスカウトの少女たちの夏の話で、書き下ろしの一篇だ。留められない時間への切なさが全体を包んでいて、短篇集の最後を締めくくるのにふさわしい余韻がある。

ピンスカーの短篇は、派手に驚かせてくるタイプではない。設定の奇抜さより、その奇抜さを使って何を見せようとしているかの方が常に前面に出ている。記憶は本当のことを言っているのか。居場所とは何か。失われた時間は取り戻せるのか。そういう問いが、SF的なギミックの衣をまとってやってくる。読み終えて振り返ると、どの篇にも「どこかにあったはずの場所」への郷愁が漂っていた。原題の Lost Places(失われた場所)がそのまま本書の色調を言い当てている。

第一短篇集『いずれすべては海の中に』も傑作との呼び声が高く、本書から入っても、そちらから入っても、どちらでもピンスカーの世界に浸れると思う。ただ個人的には、「嘘をついているのに本当のことを言っている語り」への興味がある人には、まず本書の巻頭作を薦めたい。記憶と嘘と真実の境界線が溶けていく感覚は、一度体験するとなかなか忘れられない。



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