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5400円の非日常は、3時間で消えた

仕事帰り、そのままホテルに泊まりたくなる日がある。

旅行がしたいわけではない。観光したいわけでもない。ただ、仕事が終わったら家に帰るという、いつもの流れから少しだけ外れたくなる。何の変哲のないその「帰る」を、今日だけはやめてみたい。そんな気分になる日が、ふと訪れる。

そして何より、疲れた身体でデカい風呂に入りたい。狭い自宅の浴槽ではなく、足を伸ばしても壁にぶつからないような、広くてお湯がたっぷりの風呂に。それだけで今日という日が少し報われる気がする。

その日も仕事中、そんなことを考えていた。頭の片隅でずっと、「今日泊まろうかな」という気持ちがふくらんでいく。

休憩に入り、なんとなくホテルの予約サイトを開く。目当てはアパホテル&リゾート<両国駅タワー>。大浴場があって、仕事帰りにふらっと泊まるにはちょうどいい。

料金を見る。

5400円。

安っ!

思わず声が出そうになった。これなら泊まってもいいだろう。仕事が終わったらそのまま両国へ向かって、大浴場に入って、あとは部屋で何も考えずにゴロゴロする。テレビをつけるでもなく、スマホをいじるでもなく、ただぼーっとする時間。それだけでいい。

完璧な計画だった。頭の中ではもう、湯船に浸かっている自分の姿まで思い浮かんでいた。

ただ、このときのわたしは予約ボタンを押さなかった。

理由は単純である。

部屋数多いし、満室になるわけないやろ。

そんな根拠のない自信とともに予約サイトを閉じ、仕事へ戻った。休憩が終われば、また目の前の仕事に意識が向かう。予約のことなど、頭からすっかり消えていた。

それから約3時間。

仕事を終えたころには、すっかりホテルに泊まる気になっていた。疲れた身体が、なおさら大浴場を欲していた。あとは予約して両国へ向かうだけ。さっそくスマホを取り出し、さっきのページを開く。

予約可能なプランが見つかりませんでした。

……ん?

更新する。

予約可能なプランが見つかりませんでした。

もう一度更新する。

予約可能なプランが見つかりませんでした。

さっきまで空室あったやんけ!

画面を何度もタップしながら、心のどこかで焦りが広がっていく。キャンセルが出るかもしれない。

そう思って何度も更新した。電車を待つ間も、駅の改札を抜けながらも、スマホの画面から目が離せなかった。しかし、5400円の部屋が復活することはなかった。

大浴場も、ホテルのベッドも、仕事帰りのちょっとした非日常も、すべて消えた。あれほど鮮明に思い描いていた湯船の景色が、あっという間に手の届かないものになっていた。

仕方なく家に帰った。いつもと同じ道を、いつもと同じ足取りで。

自宅のシャワーを浴びながら思う。

今ごろ、大浴場だったのにな。

湯気の向こうに、広い浴室の光景がちらつく。実際には入っていないのに、なぜだか少し悔しい。

シャワーから出ると、飯を食べる気もなくなっていた。何をする気力もなく、ただ部屋の中がやけに静かに感じられた。

そのまま布団に入った。

5400円の非日常は、たった3時間で消えていた。



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