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暴力の連鎖を断ち切るために

暴力には暴力で抵抗するしかない、という考えは、強い現実感をもって私たちに迫る。理不尽な力が一方的に振るわれ、命や尊厳が脅かされるとき、言葉や対話が無力に思えることは少なくない。なぜなら、暴力は相手の意思や自由を踏みにじり、恐怖によって支配しようとするからである。

歴史を見ても、この問題はくり返し現れてきた。たとえば、マハトマ・ガンディーは非暴力を貫き、対話と不服従によって支配に立ち向かった。一方で、ネルソン・マンデラは、はじめは非暴力を重んじながらも、厳しい弾圧の中で武力闘争を認めた時期がある。理想だけでは守れない命がある、という現実がそこにあった。

確かに、急迫した状況では、自衛のための力は必要になることがある。自分や弱い立場の人を守るために、やむを得ず力を用いる場面もあるだろう。そのとき、何もせずに耐えることが本当に正しいとは言い切れない。抵抗しなければ、さらなる被害が広がる可能性もあるからだ。

しかし同時に、暴力は新たな暴力を生むという側面も否定できない。力で押さえ込まれた側には怒りや復讐心が残り、それが次の衝突の種になることがある。暴力による抵抗は、目の前の危機を退ける力を持つが、長期的には対立を深める危険もはらんでいる。

では、暴力には暴力でしか対抗できないのか。私は、究極的にはそうではないと考える。だが同時に、理想だけを掲げて現実の危険を無視することも無責任である。重要なのは、他に選べる手段を尽くしたうえで判断すること、そしてもし力を用いるとしても、それを最小限に抑える自制心を持つことである。

暴力は即効性を持つが、社会を築くのは対話と理解である。抵抗の過程で生じた力を、いずれ非暴力へと転換できるかどうか。その努力こそが、暴力の連鎖を断ち切る鍵になるのではないだろうか。



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