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べらぼうな気持ちよさと、そこはかとない虚しさのマリアージュ

ども、ゆきむらです。

ここんとこ3日くらい高熱で寝込んでいやした。インフルに罹っている人が周りに増えているため一抹の不安はあるものの、関節が痛むほどのレベルではないので、その線は限りなくゼロに近いんじゃないかと思います。よきよき。ただ、いかんせん熱の影響で睡眠が浅く、2時間ごとに目覚めては鼻水をティッシュで拭う生活を余儀なくされています。つらたん。

現在時刻は2:30。きょうもきょうとて中途半端な時間に起きてしまったので、パソコンを立ち上げました。なにか文字を書いて気を紛らわせようこころみているわけです。しかしながら、ぼうとする頭ではモニターを眺めているだけで精一杯。「どうしたもんかなー」思考がそれにそれまくっているせいか、スマホ端末を手に取っている始末。んで、pubg mobileは射撃場にこもって、物言わぬ的に鉛玉を大量にぶち込んでいます。べらぼうな気持ちよさと、そこはかとない虚しさのマリアージュによってだんだん整って? きたので、金のパブロンをキメつつパソコン画面に視線を戻します。

ほぼ毎日、時事ニュースに対する情報感度を高めるためにニュース解説をおこなっているのですが、こういう、鮮度が命というか、流行というか、いわば潮流に流されていないものを浴び続けているおかげ? で、ヒトとしての強度が下がってきているような気がしています。吹いたら消し飛んでしまいそうな生き方というか、地に足がついていないというか、そういう生き方に対する危機感みたいなものがあるのかもしれません。それは決して、刹那的な心地よさを否定しているわけではないのですが、こころの奥底ではずっと安心できる居場所を求めている気がするのです。

それすなわち、変化に適応することを恐れているということなのかも? 成長への否定に繋がりかねないので、このままじゃいけないですねー。



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