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高市首相の偽動画で露呈した日本の著作権リスクの正体

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目次

時事オピニオン

中国ネット大手の映像生成AI 偽動画や権利侵害に懸念も…日本政府は法令遵守を呼びかけ

3行要約

  • ・バイトダンスの高性能AIにより日本の著作物や首相に酷似した動画が拡散し、権利侵害や政治的リスクが顕在化している。
  • ・政府は新法制定よりも既存法令の遵守と実態把握を優先する姿勢だが、海外事業者への実効性ある統制には限界が残る。
  • ・技術進化と規制のギャップを埋めるため、透明性の確保や国際的なルール形成を含めた多層的な対応が急務となっている。

中国のネット大手バイトダンスが映像生成AISeedance 2.0を発表し、日本のアニメキャラクターや高市早苗首相とみられる人物を用いた動画がSNS上に投稿されていることが報じられている。動画の内容は偽動画や著作権侵害の懸念とセットで語られており、単なる技術トレンドではなく、国内の法制度と公共空間に直接ぶつかるテーマになっているといえる。Seedance 2.0自体は構図の理解力を高めた動画生成モデルとして紹介されており、技術面では国際的な水準の高度な映像生成能力を備えたものと位置付けられている。その能力が高いほど、偽動画や肖像権侵害、著作権侵害のリスクも増幅し得るという両義的な性格を持つが、日本の場合は日本発のアニメキャラクターや現職首相に酷似した人物が素材となっている点で、政治的・文化的なセンシティビティが一段と高い。

こうした状況に対し、政府は慎重かつ具体的な対応を進めている。木原稔官房長官は会見で個々のAIの性能やリスク等に関してコメントは差し控えるとしつつ、生成AIの開発や活用にあたっては不適切な動画が出力されないかどうかなど、AI開発者や活用者等による自主的かつ適正な利用を求め、既存の法令やガイドラインの遵守の徹底に言及している。一方、AI戦略を所管する小野田紀美経済安全保障担当相はより踏み込んだ考えを示しており、中国系の動画生成人工知能サービスについて著作権侵害や不適切な映像に懸念の声があると述べ、サービスの実態把握を急ぐとして政府として調査する考えを明らかにした。さらに、著作権者の許諾がないまま著作物が活用されるような状況であれば看過できないと強調し、バイトダンスとのコミュニケーションを取りつつ事案の改善に努める姿勢を示している。

これら政府の対応から見えてくるのは、映像生成AIを巡る議論が技術評価ではなく利用態様と権利侵害リスクにフォーカスしているという点である。木原氏は不適切な動画が出力されないかどうかというアウトプット管理の重要性を指摘しており、小野田氏も著作権者の許諾の有無を軸に問題を整理している。ここには、技術そのものではなく既存の権利体系との摩擦部分に政策リソースを集中させようとする発想がある。政府が新たな法制度の創設よりも先に、既存の法令・ガイドラインの枠内でどこまで対応できるかを前面に出している点は重要だ。これは、立法には時間を要する一方で海外事業者によるサービス提供はリアルタイムで進むというタイムラグの問題に対処するため、実態把握と事業者とのコミュニケーションを通じて既存法令の適用範囲を確認しつつ、必要に応じて今後の制度改正を検討するという段階的アプローチが採られている。

しかし、今回のケースでは、国境を越えて提供されるAIサービスに対し、どこまで実効性ある是正措置を取り得るのかという点についてはなお不透明である。日本のコンテンツ産業や政治空間が、海外プラットフォームと海外製AIモデルの設計次第で容易に書き換えられ得るという現実も露呈している。日本側がどれだけ法令遵守を呼びかけても、生成AIの学習データやフィルタリング方針が海外企業のブラックボックスにある限り、実効性のある統制には限界がある。政府側のメッセージが技術一般ではなく具体的で限定的な論点に収れんしていることは、生成AIを包括的に規制するのではなく、既存の権利侵害の文脈に引き付けて運用していくという日本的なミニマル・レギュレーションの方向性を示唆しているが、それだけで十分とはいいがたい。

このギャップを埋めるためには、国内外の事業者に対する透明性要求、権利者側の集団的な交渉力の構築、そして国際的なルール形成への関与など、複数のレイヤーでの対応が問われているといえる。今回のSeedance 2.0をめぐる一連の動きは、単なる一企業の新サービスを超え、日本の著作権体制、政治コミュニケーション、そして対中デジタル依存のあり方を同時に映し出す鏡となっている。生成AI時代における誰が、どのルールで、どの空間をコントロールするのかという根源的な問いに対し、日本社会としてどのような答えを用意できるのかが、これから本格的に試される局面に入っている。



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