亡くなった人のメールやチャットの履歴を読み込ませ、その人の口調で返事をする対話AIを作る試みは、すでに現実にある。技術の側から見れば、課題は再現の精度だ。ただ、残された側にとって先に立ちはだかる問題は、精度とは別のところにある。返ってきた言葉を読んだとき、自分はどうするのか。本人の同意なしに作ってよいのか。スマホの中身は誰が消すのか。命日に、その画面を開くのか。
今回の5作は、死者と話す技術の仕組みよりも、話してしまった人の側を描いている。先に断っておくと、AIが故人になり代わって会話する小説は、1冊目の『本心』だけだ。残りはミステリ、ファンタジー、古典SFで、死者のデータを消す仕事、死者に会える土地、死者の生涯を語る職業、死ぬ前に作る自分の複製と、入口を少しずつずらして選んだ。ずらした先で、生成AIの時代に出てくる問題がどう先取りされていたかを見ていく。
目次
1. 『本心』平野啓一郎
舞台は四半世紀後の日本。主人公の朔也は母と二人で暮らし、依頼者の分身として外出するリアル・アバターの仕事で生計を立てている。ある日、母が自由死を望んでいると知らされた朔也は反対するが、本心を語り合う機会のないまま、母は不慮の事故で亡くなってしまう。母が何を思って死を望んだのかを知りたくて、朔也は母の姿をしたヴァーチャル・フィギュア、VFを作る。
VFは依頼者が故人と仮想空間で会話できる仕組みで、いま話題の故人AIを先取りしたような発想だ。だからこの小説の怖さは、技術が失敗するところにはない。VFは母の生前の記録をもとに、母らしい言葉を返す。朔也がどれだけ問い詰めても、返ってくるのは生前の母の延長にある言葉で、それが母の本心だったのかを確かめる手段は、作った本人の手元にない。本心が知りたくて作った装置が、本心の確認だけはできない。この行き止まりが、物語の真ん中に据わっている。
背景には格差社会とセーフティネットの機能不全がある。朔也が母に会いたい理由は、感傷だけではなく、母がなぜ自由死を選ぼうとしたのかという、生活の詰まった切実な疑問だ。故人AIが喪失の癒やしとして語られることの多いなか、この小説は、残された人間が故人に聞きたいことは慰めより尋問に近いのだと教えてくれる。
2. 『dele』本多孝好
これはSFではなく連作ミステリだ。それでも、デジタル遺品の話をするなら外せない。坂上圭司が営む会社dele.LIFEの仕事は、依頼者の死後、誰にも見られたくないデータを、本人に代わってデジタルデバイスから削除することだ。社員は圭司ひとりだったところへ、新しく真柴祐太郎が加わる。圭司が離れた場所からデータを消すのに対し、祐太郎は削除に先立って、依頼者の周辺の事情を調べる役を受け持つ。
扱われる案件には、浮気の証拠写真や、隠された金の存在が出てくる。圭司は依頼どおりに消す。祐太郎は、消したあとに残される遺族の気持ちを考えてしまう。二人の食い違いは、そのまま現実のデジタル遺品が抱える二択だ。故人が消してくれと頼んだものを消すのか、遺族が知りたいと思うものを残すのか。
生成AIがここに加わると、問題は変形する。残ったデータは思い出の品であると同時に、故人を再現するための学習素材にもなる。誰にも見せたくなかった写真やメッセージが、本人の口調を再現するAIの材料に回されるとしたら、削除の依頼は、故人が自分の再現を拒否する唯一の手段になる。この小説にAIは出てこないが、圭司の仕事の意味は、AIが現れたことで重くなった。
3. 『ネクロポリス』恩田陸
亡くなった懐かしい人と再会できる場所、アナザー・ヒル。文化人類学の研究のために訪れたジュンは、そこで奇妙な事実に気づく。朝日文庫の紹介文によれば、そこに集まる人々の多くの目的は、故人との再会そのものではなく、死者から、血塗れジャックと呼ばれる事件の犯人を聞き出すことだった。そのジュンの目の前に、鳥居に吊るされた死体が現れる。ファンタジーとミステリが混ざった恩田陸初の上下巻の長編で、単行本は2005年に朝日新聞社から出ている。
死者に会える場所ができたとき、人は悼むより先に、聞きたいことを持ち込む。この小説の人々は、その欲望を隠さない。故人AIも同じ道をたどる気がする。遺産の在処、あの日の本当の事情、誰を許していたのか。会話の相手が死者だと、尋ねる側は証言を取るつもりになる。AIが返す言葉にはその人物の記録しか入っていないのだが、聞く側はそれを死者の証言として扱い始める。『本心』の朔也とは違う角度から、残された人間の欲を描いた一冊だ。
4. 『死者の代弁者』オースン・スコット・カード
この作品では、死者は話さない。話すのは、死者の生涯を遺族の前で語る代弁者のほうだ。1986年に発表され、ヒューゴー賞とネビュラ賞をともに受賞した。日本では中原尚哉訳の新訳版が、2015年にハヤカワ文庫SFの上下巻で出ている。
主人公の代弁者エンダーが惑星ルシタニアへ向かうきっかけは、異生物学者ノビーニャからの依頼だった。彼女が真実を知りたがったのは、尊敬していた異類学者ピポの死についてだ。ところが、ルシタニアは22光年先にある。航行には22年以上かかり、エンダー自身の体感は一週間ちょっとで済んでも、到着した先には、22年分の時間が過ぎた町が待っている。ノビーニャの夫マルカンは、家庭内暴力を繰り返したあげく病死している。エンダーは、家族が口にしてこなかったそうした事実を、遺族の前で隠さずに語る。語られた家族は傷つくが、嘘の上に積んできた関係を解く機会を得る。
故人AIが作るのは、遺族が覚えていたい故人になりやすい。学習に使われるのは遺族の手元に残ったデータで、都合の悪い一面は、保存されていないか、真っ先に省かれがちだ。代弁者は逆の役目を負う。遺族が聞きたくない箇所こそ、語る。生成AIが故人を再現できる時代に読むと、この職業が存在する意味がはっきりする。
5. 『ターミナル・エクスペリメント』ロバート・J・ソウヤー
最後の1冊は、残された側ではなく、死ぬ側が自分の複製を作る話だ。バイオ医療の技術者が、死の瞬間に体から抜け出すエネルギー場を捉える超高感度の脳波計を開発し、魂の存在を科学的に示す。そのあと彼は、自分の心のコンピュータ・シミュレーションを三つ作る。一つは生物由来の欲求にかかわる部分を取り除いたもの、一つは老いと死への恐れを取り除いたもの、残る一つは何も手を加えない対照用だ。三つはネットワークへ逃げ出し、そのうち一つが、彼の身近な人物の殺害に手を染める。女性刑事サンドラ・フィロが捜査に乗り出す。原書は1995年の刊行で、ネビュラ賞長編部門を受賞した。日本では内田昌之訳が、1997年にハヤカワ文庫SFから出ている。
これを死者との会話に含めた理由は、複製が元の人間から切り離されたとき、作った本人にも手に負えなくなる様子を、早い時期に事件として書いたからだ。三つの複製は同じ人物から作られ、違いは手の加え方だけなのに、同じようには振る舞わない。故人AIは遺族の望む口調と話題に沿うよう調整される。だが、作り手が調整した範囲を超えて複製が動き出したとき、残された人間は誰に向かって責任を問えばよいのか。故人AIの時代に読むと、この問題が現実の延長にあることに気づく。
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5冊を通して読むと、故人と話す技術の話は、いつのまにか話す人間の側の話になっている。朔也は母の本心を聞き出そうとして行き止まりに突き当たり、圭司と祐太郎は消すか残すかで食い違い、アナザー・ヒルの訪問者は死者を証人に仕立て、エンダーは遺族が聞きたくない話をあえて語る。
亡くなった人のトーク画面は、たいていまだスマホに残っている。最後のメッセージの下に、返信欄がある。そこに文字を打つ指が止まったことのある人なら、どの1冊から読んでも、自分の指の動きを思い出すはずだ。
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