本書の目次
序章 2035年の朝、あなたは何も気づかない
第1章 サイバー空間の地政学
第2章 2025-2035 サイバー知能戦ロードマップー見えない戦場が目覚める
第3章 2025年 止まらない日常〈レベル1:ゼロ停止〉
第4章 2030年 人が、判断を降りる日〈レベル2:ゼロ対応〉
第5章 2030年 誰一人、傷つけない世界へ〈レベル3:ゼロ犠牲者〉
終章 壊さない強さー一盌(いちわん)からピースフルネスを
出典:日本実業出版社の書籍紹介。章単位の目次を同ページの表記に沿って掲載。
2025年秋、アサヒグループHDとアスクルで、サイバー攻撃によって受注や出荷が止まった。アスクルは復旧の途中、倉庫管理システムを使わずに手作業で出荷する体制を組み、一部の注文をFAXで受け付けた。画面上で進んでいた仕事を、紙と人の手でつなぎ直す。奥野史一『2025-2035 サイバー空間の地政学』が描く未来を読むときにも、この出来事を頭に置いておきたい。
本書は、サイバーセキュリティの実務に携わる著者が、2025年から2035年までの変化を描く一冊だ。地政学を掲げながら、章立ては年代を軸に進んでいく。2025年のゼロ停止、2030年のゼロ対応、2030年代のゼロ犠牲者。業務の継続、対応の自動化、人命の保護を順に扱うことで、サイバー防御が何を守ろうとしているのかを具体化している。
なかでも惹かれたのは、ゼロ対応を茶道の亭主の仕事に重ねる説明だった。釜の湯の温度、炭の配置、花の向き、掛け軸まで、亭主は客が茶室に入る前に整えておく。客はそれらの準備を一つずつ確かめなくても、その場で心地よく過ごせる。防御の自動化を説明するところに茶道が出てきたことで、何も起こらずに済んでいる時間を、その前に済ませた仕事の側から考えたくなった。
トラブルが起きれば、どれだけ早く対応できたかが目につく。起きずに済んだ場合は、そのために何を予測し、どこに手を入れていたのかが利用者にはわかりにくい。茶道の例を通して読むと、ゼロ対応のゼロには、目の前で対処しなくて済むところまで準備するという意味が加わる。準備という言葉で指せる仕事の範囲が、思っていたより広い。
第4章では、人が判断を降りる未来が描かれる。AIが脆弱性を見つけ、攻撃にも防御にも使われるようになれば、人が一件ずつ判断する仕組みでは追いつかない場面が生じる。そこで気になるのは、対応を任せる範囲や、守るものの優先順位を誰が決めるのかということだ。茶道の例を読んだあとでは、AIが動いている最中よりも、動き始める前に人が決めておくことへ目が向いた。
高度なAIを誰が、どの範囲で使えるかは、企業経営にも国家の安全保障にも関わる。攻撃と防御の双方でAIが使われるなら、その利用条件は、日々の受注や出荷を支えるシステムにも影響する。ビールや事務用品を注文し、荷物が届くのを待つ生活も、その外にはない。冒頭の出荷停止からたどると、サイバー空間の地政学という大きな題が、注文したものが届かなくなる出来事につながってくる。
本書を読んでから、客を迎える前の茶室と、いつもどおりに動く受注システムを並べて考えている。どちらにも、利用する人が気づかずに済んでいる仕事がある。ただ、どれほど準備しても止まる可能性がある以上、止まったあとに何を使って仕事を続けるかも決めておく必要がある。2035年の自動化を読むそばに、2025年秋のFAXと手作業を置いておきたい。何も起こらないように整えることも、止まってから動かし直すことも、準備という同じ言葉の中にある。
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