お風呂から出た僕は自室のベッドで寝転んでいた。
アイナのおかげでかなり冷静になることができた。その頭でいままでの出来事をフラットに考えてみる。それらは本当に全て真実に基づくことなのかどうかと。
僕のことを自分のこと以上に気に掛けてくれている親友が、人の気持ちに人一番敏感な親友が、佳奈を差し置いてまで他の女性と一緒に行動していた意味、佳奈がその姿を見て泣いていた意味、アイナが僕と佳奈をくっつけようとする意味、そしてなにより、親友が屋上で話していたときの状態と、過去に頭痛なんて一度も起きたことのないはずの彼が屋上で『頭痛薬』を飲んでいた意味。
僕にはこれ以上のことがわからなかったけど、これ以上悩みすぎて焦らないように気をつけた。
焦ってたら大事なことを見落としてしまう。
もう二度と黄金律を乱さないように。罪悪を犯さないように。アイナのおかげでその重要性に気づけた。三度目は決して許されない。
いつかまたそのときが訪れたとしたとてもしっかり自らの手で崖をつかんでいられるようにしないと、と意気込んでいると、枕元に置いてあったスマホが鳴った。
それは親友のスマホからの電話だった。
「どうした? 何かあったのか?」
いつもより抑揚の効いた声で親友は尋ねてきた。僕は言葉を選んで返事をした。
「この前さ、調子悪かったみたいだから大丈夫かなって、気づいたら電話してた」 「なんだそれ」
親友は大袈裟に笑いながら、
「俺が一度でも体調悪くてダウンしたことあったか?」
と、面白おかしく言った。
「無駄に健康なことだけが君の取り柄だったの、すっかり忘れてた」 「お前、あとで覚えとけよ」
物騒な台詞を残していた親友は大仰に引き笑いをすると、
「また明日な」
と、力強く言った。
「うん。また明日」
電話が切れると、ユッコちゃんからメッセージが届いていたことに気づいた。
「 ユキト先輩っ、こんばんは! きょうは急にお家に伺ちゃってすみませんでした。 アイナと何があったかわかんないですけど。 アイナのこと大事にしてあげてくださいね。 やらかした私が言うのもアレですけど、マジで大切な友達なんで。
アイナしか勝たん!
」
「 連絡ありがとう。 肝に銘じておきます。
アイナしか勝たん!
」
「 アイナしか勝たん同盟できてて草 」
「 それな 」
ユッコちゃんとのやりとりが終わると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「いいよ」
部屋に入ってきたアイナはもこもこの猫耳つきルームウェアを着ていた。それはこの前アイナと一緒にショッピングモールに行ったときに、僕がそれいいんじゃないと適当に言っていたものだった。
アイナは片手に枕を抱え、もう片方の手で目をこすりながら僕が寝転んでいたベッドのそばまで来ると、何も言わずに毛布を持ちあげて僕の隣に滑り込んできた。僕も何も言わずにアイナが入れる分のスペースを空けた。
アイナは僕に背中を向けると、
「おやすみ」
と、言った。
僕は枕元のリモコンで部屋の照明を落としてアイナに背を向けると、
「おやすみ」
と、言った。
これもアイナが僕のことを兄貴と呼び始めてから初めてのことで、野球ボール一個分ほど近くなっていた距離はいつの間にか元通りの距離感へと戻っていた。
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