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ハジメテノカノジョ 第24話

「アイナちゃんと一緒に買い物に行くって、言ったじゃん」

 それは冷淡な声だった。

 十年近く一緒に過ごしてきた中でも感じたことがないほどの。

 佳奈の大事にしていたマグカップを壊してしまったときでも、佳奈の大切にしていた花瓶を壊してしまったときでさえも、ここまで彼女の感情を閉ざしたものはなかった。

 底の見えない闇が佳奈の瞳の奥底に待ち構えていた。

 彼女と目を合わせているだけで、居場所のない無間の彼方に取り込まれそうになった。

「これは……」

 歩道の両脇に植えられた街路樹の葉っぱが、風に乗って寒々しく震えていた。

 間違っても冗談が言えるような空気感ではなかった。

 それくらいの分別が僕に備わっていたことに、ひどくニヒルな笑みがこぼれた。

「なんで、わたしに嘘をついたの?」 「ごめん……」 「あやまってなんて、一言も言ってない」

 聞き分けのない子を叱るような口調、凍えそうな声で。

 答え方によっては、全てが終わる。

 そんな予感がした。

 だから僕は、正直に話した。

「アイツのことで、話があったから」 「だったら、そう言ってくれれば」 「言えないよ」 「どうして?」 「どうして、ってそれは……佳奈が悲しんでいる姿を、これ以上見たくなかった」

 それは紛れもない本心だった。

「アイツとなにがあったかわからない。だけど、佳奈が悲しんでたのはわかってたから、少しでも力になりたかった」

 僕は思いの丈を佳奈にぶつけた。少しでも、閉ざされた佳奈の心が開くように。

 佳奈はなにも言わず、僕の懐に身を預けてきた。

 僕もなにも言わず、佳奈を受け入れた。

 冷え切って固まった体が、互いの熱を介して氷解していく。

「わたし……ユキトの優しさに、甘えてた……ユキトなら、なにも聞かずに受け入れてくれるって……いまも……ごめんね……ほんとに、ごめんね……」

 それは彼女の贖罪の在り方だった。

 通行人が僕たちのことを横目にチラチラ見ていけど、僕は全然気にならなかった。

 佳奈にわだかまっていたしこりをとれた気がしていたから。

 しばらくして、

「いまはまだ話せない。けどいつか、絶対、話すから」

 と、佳奈は言うと、僕から離れた。

「あのね、ユキト」 「ん?」 「大好き——」

 それは屈託のない笑顔だった。

 ◇◇

「ごめんね、ちょっと長引いちゃって」 「いえいえ、そんなに待ってないんで」

 僕はタナさんの話に全然集中できなかった。

 佳奈の笑顔が頭の中にこびりついていて。



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