「どこ行くんだよ?」 「それは着いてからのお楽しみ」
佳奈は迷うことなくずんずんとショッピングモール内を進んでいた。店舗面積はおよそ二十五万平方メートル、東京ドームの約三倍もの大きさを誇り、一日では全ての箇所を回れないとも言われている名所を、右に行ったり左に行ったりエスカレーターを上がったり下がったりしながら軽快な速度でだ。
どこぞの駅ダンジョンにも全く引けを取らないカオスなルートだったので、僕はもう二度と外に出られないじゃないかと思い始めてきた。
「お、あったあった」
佳奈の目的地とは、財布やキーケースといった小物だけでなく、ウィッグや、ハロウィン仮装用のグッズなどを取り揃えた雑貨店だった。店舗内に足を踏み入れると、とりわけパーティーグッズに対してのリスペクトが凄まじく、アニメでしか見たことないようなコスプレ衣装まで陳列されていた。
「ユキト……いくらなんでもその趣味はちょっと……」
僕はバニーコスの衣装がずらりと並んでいた陳列棚からさっと目を離す。いや、スタイルのいい佳奈が着たらかなり似合いそうだなとか思ったわけではない、ええ決して。
「でも、ユキトがどうしても着て欲しいって言うなら……いいよ?」
コスプレ衣装を手に取ると、佳奈は上目遣いで僕を見た。
「まじ……?」 「……なに本気にしてんのよ」
佳奈は開いた方の手で僕の胸元を小突くと、満更でもなさそうな顔で笑った。
「さいですか」
棚に商品を戻している佳奈を眺めつつ脳内補完で楽しんでいたら、伝説の左が僕の肝臓部分にクリティカルヒットした。一瞬うっと呼吸が止まり、腹膜に走るは鋭い痛み。
世界をとれる威力のレバーブローを放った佳奈は、
「にやにやしすぎ……」
と、言い残して、ウィッグコーナーへと向かった。僕はその場にへたり込み、立ち上がれるくらい回復するまで冷たい床とのランデブーを余儀なくされた。
しばらくして、ほうほうの体で床とおさらばすると、鏡を見ながら色々なウィッグを試していた佳奈の元へ辿り着いた。
「ねーユキトー、どれが似合うと思う?」
ボロボロになっていた僕など気にも介さず佳奈は尋ねた。
切れかけの意識の中で、
「……佳奈は、そのままのほうが、可愛いと思う」
と、僕は言った。そして、言い終わったときに気づいた。
(あれ……いま、なんかとんでもないことを言ったような……)
痛みを引きずっているせいで、まともな思考ができていない。
「そっか……」
佳奈は僕から顔を逸らしながら僕の背後に回ると、触れているのかいないのかわからないくらいの力加減で抱きついてきた。そして、僕のお腹周りを優しく撫でた。
刹那、お腹の痛みは薄れ、心臓の音が、どくん、どくん、と、身体中に響き始めた。店頭に流れていたBGMの音をかき消すくらいの大きさで。
彼女の手を基点としたこそばゆさが同心円状に広がり、やがて、僕の全身を包み込む。温かい海の上でだらんと力を抜いてたゆたっているときのような心地よさが、僕の全身を浸す。
彼女の細長い腕は大事なものを壊さないよう心がけているかように、優しく、それでいて、烈しくうごめく。それはまるで、繰り返し抱きしめて、僕を離さないように、そして、彼女の存在を刻みつけるように。
彼女の腕の動きに合わせて僕のけばだった表皮はこすれ、なだらかになり、つるりとしたものへと生まれ変わる。それはまるで、生まれたての赤ちゃんのようなきめの細かい肌のように。
彼女の抱擁、それはまるで、混沌とした大地をまっさらな更地へと巻き戻すかのようだった。
永遠とも思える時間が流れ、ふと、何の気なしに僕が振り返ろうとしたら、佳奈は自分の頭を僕の背中に押しつけてきた。
「こっち見んな……バカ」
背中に伝わる暖かさと、手のひらから伝わる優しさのおかげで、僕の痛みはじんわりと溶けていった。
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