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都市は、人間の思考が物質になった場所だ。
道路は自然に生えてこない。人間がここを通ると決めて地面を舗装する。信号は誰がいつ進むべきかを光で指示し、建物は働く場所、買い物をする場所、住む場所を分ける。
住所も土地の所有権も交通ルールも自然界には存在しない。人間が考えたものだ。
そう考えると、都市は巨大な仮想現実に見えてくる。
仮想現実という言葉から、VRゴーグルの向こう側にあるデジタル空間を想像する必要はない。人間の頭の中にあった秩序が外部へ出力され、その秩序のなかで人間が生活しているなら、都市はずっと昔からその条件を満たしている。
東京を歩いているとき、僕たちは自然の地表をそのまま歩いているわけではない。何世代もの人間が考えた結果が、アスファルト、線路、建物、標識、法律として固まった場所を歩いている。横断歩道があればそこで渡る。駅に入れば改札を通る。店に入れば商品と価格が並んでいる。住所を入力すれば荷物が届く。誰かが考えた秩序が、いつの間にか現実の側に移動している。
都市を歩くということは、過去の人間たちが頭の中で作った世界を歩くことでもある。
インターネットは動く都市になった
インターネットが登場すると、この人工環境は物理的な制約から解放された。
SNSを開けば、何を見るかはアルゴリズムが選ぶ。検索すれば、膨大な情報に順位がつけられる。地図アプリを開けば目的地までの経路が提示される。通販サイトでは、過去の行動から次に買いそうな商品が並ぶ。僕たちは自分で情報を探しているつもりでも、見るより前に情報は選別されている。
これは都市とよく似ている。道路がなければ、そこへ行こうとは思いにくい。駅ができれば人が集まり、店が増え、街の形が変わる。階段、柵、標識、改札は、人間が移動できる方向を物理的に絞っている。都市は人間の移動を設計し、インターネットは人間の注意を設計する。
ただし、両者には決定的な違いがある。道路は、昨日そこを歩いた僕に合わせて形を変えない。タイムラインは変わる。動画を一本見れば似た動画が増え、それを見ればまた増える。気づけば、自分の興味に合わせて世界の見え方そのものが変わっている。
都市が固定された仮想現実なら、インターネットは人間の行動を観察しながら形を変える仮想現実になった。
AIは環境をその場で作る
生成AIが入ってくると、さらに性質が変わる。
これまでの人工環境は、基本的には誰かが先に作っていた。道路を設計する人がいる。法律を書く人がいる。ウェブサイトを作る人がいる。記事を書く人がいる。僕たちは完成したものを利用していた。
生成AIでは、完成品が先に存在しない。質問を書けば、その場で文章が作られる。画像を頼めば画像が作られる。コードを頼めばコードが作られる。条件を変えれば別のものが出てくる。人間が人工環境を利用するだけではなく、人間の入力に合わせて人工環境の一部がその場で生成されるようになった。
ここにはかなり大きな断絶がある。都市では、人間が環境を作り、その環境が人間の行動を変えるまでに世代単位の時間がかかっていた。AIでは、その循環が数秒で起きる。
質問を書く。答えを読む。その答えによって次に考えることが変わる。次の質問を書く。また別の答えが生成される。
この往復を続けていると、自分の思考と外部から与えられたものをきれいに分離することが難しくなっていく。人間がAIを操作し、AIの出力が人間の次の思考を変え、その思考が次の出力を作る。環境と人間の境界そのものが、高速で往復し始めている。
たとえば検索エンジンのランキングは、僕たちがどんな言葉で世界を理解するかを、意識させないまま決めていた。生成AIはその一歩先を行く。ランキングされた既存の情報を選ぶのではなく、僕の問いに合わせて情報そのものが新しく組み立てられる。参照する対象がなくなり、対話の履歴だけが残る。
仮想現実から出られない
VRには分かりやすい出口がある。ゴーグルを外せばいい。
都市にはそれがない。道路、貨幣、法律、物流、通信をすべて避けて現代社会で生活することは難しい。インターネットはさらに深く入り込んだ。仕事、買い物、銀行、行政手続き、人間関係までネットワークにつながっている。
AIが検索、仕事、教育、行政、医療、創作へ組み込まれていけば、同じことが起きる。怖いのは、ある日突然AIが人間を支配することだけではない。もっと普通の顔をして進む可能性がある。
便利だから使う。速いから任せる。間違いが少ないから自動化する。そうして自動化を前提にした制度ができ、使わない人のほうが不便になる。やがて選択肢だったものが、生活するための前提に変わる。
道路もそうだった。インターネットもそうだった。AIも同じ経路を進みうる。
人間は仮想現実へ向かっているのか
現実と仮想現実を別々の世界として考えると、これから人間が仮想世界へ入っていくように見える。けれど、順番は逆なのかもしれない。
人間は昔から頭の中にあるものを現実へ書き込んできた。ここを道にしよう。ここに街を作ろう。これは禁止しよう、これは許可しよう。この数字を価値として使おう。この土地はこの人のものにしよう。そうやって思考を物質や制度へ変換し、その中で生活してきた。
都市は思考をコンクリートにした。インターネットは思考を情報空間にした。AIは、その情報空間を人間一人ひとりに合わせて生成し始めた。
だから、AIによって現実と仮想現実の境界が消えるという説明だけでは足りない。そもそも僕たちが現実と呼んでいるもののかなりの部分が、人間の思考を外部へ書き出して作った環境だった。
変わったのは、その速度だ。
道路を一本作るには何年もかかる。制度を変えるにも時間がかかる。ウェブサイトなら数日で作れる。生成AIなら数秒で世界の一部分を作り替える。
人間はずっと、自分たちの思考の中で暮らしてきた。AIはその世界を、考えているそばから書き換えられるようにした。
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