ども、ゆきむらです。最近ほんと海外SFばっか読んでます。
楽しい。最高。宇宙戦争、ディストピア、巨大な悪、正義と破滅。ぜんぶ気持ちいい。でもフィクションの暴力って、距離がちょうどいいから気持ちいいんですよね。安全圏から眺められるぶん、甘く感じる。で、それを浴び続けると、今度は逆に、現実の味がするやつへと立ち寄りたくなる。
そんなわけで、気分転換がてらフィクションとは180度逆方向のベクトルに舵を切って、近所のブックオフにすたこらC= C= C= C= C= ┌(;・ω・)┘。目指すはハヤカワNFの棚。脇目も振らず、一直線に……と行きたいじゃないですか。でも本屋って不寛容なんですよ。等速直線運動が許されない。ありていにいうと、(本屋)≡(宝の山)なわけ。棚の端っこで秒速5cmの左右リーンをかまして、背表紙の気配にヘッドショットされそうになるのをギリギリで避けながら、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。立ち読みすること3時間。結局、一筋縄ではいかず、ハヤカワNFに到達するころにはHPが半分。そこで目に入ったのが『アメリカン・スナイパー』でした。
正直、中身はほぼ確認せずに買いました。これが、まじで良かった。確認しなくて正解だったやつ。読んでいて心が躍る瞬間がある。暴力による解決。プリミティブさ。剥き出しの単純さ。なのに同時に、胸焼けもする。嬉しい胸焼け。最悪のうまさ。剥き出しの気持ちよさにさわれるからです。
いきなり身も蓋もないけど、わいは暴力が好きです。もちろん現実で殴り合いたいとかじゃなくて、ナラティブや言葉の中にある一撃で世界が片付く感じに弱い。揉め事、葛藤、曖昧さ。そういうやつを、力で一気に終わらせるあの感触。あれが気持ちいい。フィクションの暴力がうまいのは、その快感が安全圏に隔離されてるからだと思う。舌だけが反応できる距離がある。だから笑って飲み込める。
でも『アメリカン・スナイパー』の暴力は、隔離が薄い。暴力が現場の仕事として流れてくる。しかも派手じゃない。爆発でドカン、じゃない。むしろ静か。距離がある。音が少ない。だから怖い。戦場という巨大な混沌の中で、狙撃だけが妙に理屈の顔をして出てくるんですよね。距離、姿勢、呼吸、タイミング。世界が一瞬だけ計算問題になる。やることが手順に落ちる。すると暴力が、感情じゃなくて作業に見えてしまう。
この作業っぽさが、異様に気持ちいい。手順が通れば結果が出る。世界が単純になる。引き金がボタンみたいになる。混沌に線を引ける。迷いが削れていく。ここで気持ちよさが発生する。たぶんそれは、暴力の中でもいちばん危険な種類の快感だと思う。なぜなら、倫理より先に身体が反応してしまうから。
タイトルで使ったフェティッシュって言葉、便利だけど雑に見えるので、ここでわいの定義を置いときます。わいがいいたいのは、「倫理より先に身体が反応する種類の執着」です。書いていて自分でも? ってなったので、kwsk述べると、暴力って本来、倫理で止めたい。社会性で包みたい。言葉で薄めたい。そういう類のものだと思うんですよ。けどプリミティブな暴力は、それらの手前で身体を叩く。見た瞬間に、脳みそじゃなくて内臓が「わかる」っていう。狙撃の話は、そこが露骨です。遠くから、静かに、手順で、世界を終わらせる。「うわ、やばい」って思いながら「でも美しい」って感じてしまう瞬間がある。これがわいのフェティッシュ。
しかも厄介なのは、正当化が後から付いてくるところです。「正しいから撃った」ではなくて、「撃たれてしまった」から「正しかったことにする」。正当化は倫理というより、気持ちよさを保つための儀式に見えるときがある。狙撃が、戦争の中のわかりやすい仕事になればなるほど、世界は都合よく編集されていく。相手の背景、恐怖、生活、家族、迷い。そういう複雑さを削ってターゲットにする。削れたとき、引き金が軽くなる。軽くなるように、こちらの世界の見え方を整える。
で、ここが胸焼けポイントなんだけど、単純にできるから気持ちいいってことは、単純にするために削ったものがあるってことなんですよね。暴力は解決が早い。単純。スッキリする。けど、そのスッキリはコスト込みだし、コストはだいたい遅れて来る。削り方のクセが残る。世界を二値化するクセが残る。敵味方、善悪、白黒、正解不正解。そういう雑な切り分けが、日常でも気持ちよく見えてしまう。早いから。楽だから。スッキリするから。身体が覚えた単純さは、理性だけじゃ上書きできない。そこが怖い。読んでいて一番ゾッとしたのは、たぶんそこでした。
反動でノンフィクションに来たつもりだったけど、読んでるうちに思いました。結局これ、SFの暴力と地続きなんだよな、と。SFの戦争って、だいたい抽象化されてる。距離があるぶん美学になりやすい。気持ちよさだけが前に出る。こっちは距離があるのに抽象化できない。数字と手順の顔をしてるのに、最後は血と肉になる。カッコよさに逃げさせてくれない。わいがフィクションでこっそり味わってた快楽を、現実の手触りで突きつけられるから、胸焼けが起きる。嬉しい胸焼け。さりとて最悪のうまさ。
おすすめするのは、暴力をダメで終わらせたくない人。暴力がなぜ気持ちよく見えるのか、どうして単純化に惹かれるのか、その仕組みを自分の中で見てみたい人。戦争を正義か悲劇だけで片付けるのがしんどくなってきた人。おすすめしないのは、露悪や生々しさが苦手な人。読むとテンションが上がる瞬間があるぶん、あとで胃に来る。胸焼けはする。わいはした。たぶん正しい反応だと思う。
読後の感想は結局これ。暴力はプリミティブで、だから魅力的で、だから怖い。怖さまで含めて、心が躍ってしまった。そこが一番、胸焼けする。

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